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タコちゃんの頑張りのおかげで、目的の海になんとか降り立つことが出来た。すっかり肌寒い夜の海、星が降ってきそうなほどきれいな星空は、海の上でゆらりゆらりとそのカーテンを揺らしていた。久しぶりの青海が、お帰りと迎えてくれる。パスミーも、早く入りなさいよと言わんばかりに身体を斜めに倒すから、海に戻っていくタコちゃんと一緒に私も身体ごところりと転がした。

「ひひ、ただいま」

夜の海は暗くて、冷たい。すぐ近くにいるはずのパスミーの影さえ見えなくて、まるで世界に自分だけしかいないみたいだ。誰にも迷惑をかけない、誰にも邪魔されない時間。ここなら大丈夫と、解けていく緊張と解放されていく力に、大きく息を吐く。流れに身を任せ、大きな波が姿を現した。どうか、誰かの元に届くときには小さく優しい波として辿り着きますように。
想像以上に熱の蓄積と心身の痛みが多かったようだ。結局、一晩中海の中で身体を休めることになった。どのくらい時間が経ったか、辺りに魚が寄ってきて、朝だというように私の身体をその口で突き上げる。水面から出した腕の傷も、すっかり癒えていた。

「パスミー、おはよう!」

いつも、どんなに長く海の中にいても必ずそばにいてくれる。濡れた服を帆代わりに風に靡かせ、百キロ近く離れたくじらちゃんの元まで調子も戻ったように軽く海を渡る。そして、大きな船体の裾にちょこんと身を寄せた。

「今度はまた随分と早いじゃねえか、ナマエ」

船を見上げると、マルコが身を乗り出してこちらを覗き込んでいる姿があった。上って来いと梯子を下ろしてくれ、まだ少し濡れている髪の毛をタオルで拭いてくれる。

「さっきまで、オヤジとお前の話をしてたところだよい」

オヤジ、と言う言葉に拭いてくれていた大きなタオルと一緒に駆け出して、真っ白おばけのままニューゲートの元に走った。ナマエだな、とバレバレの真っ白おばけはタオルを剥がされ、髪の毛ぐちゃぐちゃおばけと目が合ったニューゲート。大きな酒瓶をグイっと飲み干して、その瓶を床に転がした。

「マルコ、ナマエと部屋に戻る」
「ああ。こっちは心配いらねえよい」

ニューゲートは私をひょいと拾い上げると、そのまま自室へと入った。何も言わず、抱えた私の背を擦ってくれる。おつかいはついでだと分かっているかのように、誰も聞いちゃいないと、我慢していたものを全部開放できるように。
その腕の中、私は我慢することなく言葉と共に泣いていた。友達が磔にされていても、その杭を抜くことさえ許されなかったこと。友達の国を陥れたワニ坊を、嫌いになり切れない事。苦しんでいる友達一人、助けられない事。皆が傷ついているのに、自分は怪我一つなかったこと。誰かと変わってあげられたらよかったのに、そんなことできるはずないのに。沢山の約束で自分を縛り付けたこと。肝心な時に動けなかったこと。ニューゲートがいなくて、不安だったこと。

「砂の国の友達は、元気だったか」

全部を聞いたニューゲートが一番最初に言った言葉だった。

「空の連中は、でかくなってたか」

次に言った言葉だ。私の背を撫でながら、その左肩を私の涙がぐっしょり濡らしていることなんか微塵も気にせず、海の底に埋もれていたような、確かにあった楽しい思い出を一つずつ掘り起こしてくれる。あっちにも埋もれているな、そっちは無いかと一つ残さず救い上げて、そうして彼は私に笑顔を咲かせてくれるのだ。一人で助けられるなんて思い上がるなとちょっとのお説教も交えながら、それでも助かった命が確かにあったのだと優しく諭してくれる。

「ワイパー達がね、ニューゲートと一緒に聞いてって」

持って帰ってきた大きな貝を、ニューゲートへのプレゼントとして渡す。押してみて、と催促して楽しみに聞いたその音は、限られた空間には大きすぎたみたいだ。耳を劈くその音にニューゲートの耳を慌てて塞ぐと、彼の大きな手が私の両耳を塞ぐ。そして、足元に転がるその貝のスイッチを彼が優しく踏んで止めた。
お互いの耳をお互いの手で塞いで、シン、と静まり返った部屋に恐る恐る手を放す。ニューゲートも手を放して、その静まり返った部屋をぐるっと見回した。ひひひ、と頬を掻けば、黙っていたニューゲートが堪えきれずに大きく笑いだす。

「元気がねえかと思えば、貝がお前の元気ごと吸い取ってたか!グラララ、グラララララ!」

大好きな海のような人。それが、ニューゲートだ。

笑いすぎて出てきた涙も、ニューゲートの太い親指は豪快に飛ばしてくれる。何事かと様子を見に来たマルコが表で扉を叩いてる音がして、皆のいる甲板に行くかと私をまた抱き上げてくれる。その大きな腕にしっかりと掴まって、今日はずっと一緒に居てねと約束した。