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空で、ましてやワイパーたちといる時に能力者が来ることなどこれまでなくて、知らず知らず気が弛んでいたらしい。明け方に近い頃合いに、誰かが来たと知らせるように身体の中で水面が揺れた。能力を宿した主、ルフィは少しの話の後、優しい笑顔を残して仲間の元へと戻っていった。ブラハムが持ってきてくれた冷たい氷枕の様な雲を裏返して、まだ冷たいそこに額を当てる。ふう、と深く長く息を吐くと、それを聞いていたようなタイミングで今度はワイパーが来てくれた。気が弛んでいる今、自分の体温が私に伝わらないように布団の上からぽすんとお腹辺りを撫でてくれる。
「もう少し眠れ」
そのたった一言で、再び気は弛み、ついでに頬も一緒に緩んでいった。数時間の睡眠の後、目が覚めるとワイパーはベッドの脇で腕を組んで首を擡げて眠っていて、布団の擦れる微かな音にゆっくりと顔を上げる。首を左右に伸ばしてから、まとめてくれていたらしい私の荷物をベッドにそっと差し出した。
「今から村に戻る。少しでいい、来れるか」
ワイパーが誘ってくることなんて滅多にない。断る訳もなくベッドから飛び降りれば、私の身体を気遣い抱き上げてくれる。目が覚めてしまえば、こちらの方が落ち着いて制御出来ることを彼らは知っているからだ。一緒に村へと向かい、カルガラの像の前に私を座らせ、その隣、腕がくっつくくらいの距離に彼も腰を下ろす。
「戦いは、終わった」
カルガラの像を見上げながら、自分たちの代で戦いが終わって良かったと、そしてこれからは私が負担を持って下の海に戻ることもなくなるだろうと、未来への希望を抱いて優しく笑う。先祖を想い、次の世代を想い、この戦いに全てを懸けていた。そして、私の身体のことまで気にかけてくれている。包帯だらけの身体いっぱいのその優しさに、心が揺れる。
「今度来た時は、共に、シャンドラの灯を燈そう」
子どもの時以来、久しぶりの彼の屈託ない笑顔に、私も目一杯の笑顔で大きく頷いた。
「約束、守ってくれたって聞いたよ。ルフィが盗み聞きしただけだって」
私も全部聞いてしまったと笑えば、頭を抱えながらも言いだしたカマキリに感謝しろと私の頭を撫でる。
「ワイパーたちも、いつかカルガラの生まれた下の海に遊びに来て。私が大好きな青い海、見て欲しい」
「そうだな。ニューゲートにも会ってみたい」
「ひひ、喜ぶよ」
「まだ疲れも取れてない。気をつけて帰れ」
「うん。色々ありがと」
自分に多少の負担が残ろうと嫌だと思ったことは一度もない。私にとって皆の疲労軽減は勲章みたいなものなのだ。それでも、毎回身を案じてくれる優しさには頭が上がらないし、やっぱりみんなが怪我をしない事の方が何倍も嬉しいことは確かなのだけど。ありがとうを込めて、今度来るときにはまたカルガラの話を聞かせて、と指切りをした。
「鐘の件もお前のことも‥麦わらに、感謝すると伝えてくれ」
それも必ず、と約束を交わす。私もルフィ達との待ち合わせ時間が迫っていて皆と挨拶を交わす時間はなさそうだ。シャンディアの皆やガンフォール達にもまた来るねと伝えてほしいと言えば、同じように必ず、と力強く約束してくれた。
「またね、ワイパー!」
大好きな友達に力いっぱい手を振って、村を後にする。ルフィ達と合流し、クラウド・エンドまで羊ちゃんにパスミーを引いてもらった。久しぶりに乗るパスミー。寂しくなかったかい、羊ちゃんと一緒で楽しかったかいと声をかけながら撫でる。
「‥パスミー、?」
波に逆らうように、パスミーが少し揺れた気がした。こちらの海だからといってそんなことが起きた事は無い。アラバスタでエースを引いた時もスピードが出なかったように思ったけれど、空へ来た時のスピードは十分出ていたし、何度確認しても傷はなかったから気のせいだと思っていた。ただ、今回は明らかに違和感だ。自分の不調が考えられないわけじゃない、けれど、パスミーはどこか不調なんじゃないだろうか。パスミーの言葉が分かればすぐに解決してあげられるのに、私にそれは聞こえない。こんな時に限って、急ぎで行かなきゃいけないところもある。少し無理をさせてしまうけど、用事を済ませたらすぐに見てもらおう。
「みなさん!前方をご覧ください、見えました」
コニスの声の通り、賑やかしい門が見えてきた。
「それじゃあ、私もここで」
空でひつじちゃんがいてくれてよかった。守ってもらってくれて、ありがとう。繋げてもらっていた綱を解いてもらうよう声をかけると、下まで一緒じゃないのかと声をかけられた。ルフィも意地でも下まで一緒に行くと我儘にも聞こえる優しい言葉を投げかけてくれた。
「流石に、この先は一船ずつじゃないと」
いくらパスミーが頑丈だと言えども、とてもじゃないけど危ない。それを告げればパガヤさんもそう思うすみませんと私の言葉を後押ししてくれた。
「そうだ、ルフィ。ワイパーがありがとうって言ってたよ」
「あ、おれもお礼を言おうと思ってたのに言わずに来ちまった!」
「お礼ってルフィ、あのゲリラに何してもらったんだよ」
「盗み聞きさせてもらった!」
素直に答えるルフィの言葉の意味は、誰も知らない。当然呆れてはいるがルフィが訳の分からないことを言い出すのは今に始まったことではなさそうで、適当に流していた。
「それでは皆さん、落下中お気をつけて!」
コニスの可愛いお別れの声に手を振りながら、私はその笛の音が聞こえるのを楽しみに待っていた。少し距離を開けて飛び出したひつじちゃん号の皆は、落下するとは思っていなかったようで目が飛び出している。ピーィと甲高い笛の音にタコちゃんが姿を現してそれぞれの船を風船のように膨らんだその身体で支えてくれる。私のタコちゃんはルフィたちの船よりも随分風に流されているようで、すぐに彼らの姿も見えなくなった。
カラァー‥ン
カラァー‥ン
「タコちゃん、もっと東だよもっと東!!頑張ってもうちょっと流されてー!!!!」
今回は降り立つ先が決まっていた私はずっとタコちゃんにもっと右もっと右だと、鳴り響く鐘の音と共に空に弾む声を響かせていた。
またいつの日か、必ず会おう
おれ達は此処にいる
ワイパーがいつも話してくれる、大好きなあのお話にあるその言葉が、鐘の音と一緒に鳴り響く。
「タコちゃん、東だよ!そうそう、いけー!!」