02

「ナマエ、今日は赤ん坊か?」
「オヤジは今日、酒が飲めそうにないな」

甲板に出ていけば賑やかな声がたちまち広がって、皆がニューゲートの周りに集まっていく。

「ナマエ、今度はいつまでいられる?」
「ん?何かあるの?」
「そのうち、赤髪が来るはずだ」

そこまで言われて漸く、いの一番にここに寄った理由を思い出す。ジョズに言われるまで忘れている自分の頭を叩く代わりに撫でていると、気付いていながら教えてくれなかったニューゲートが大きな笑い声と共に一緒になって頭を撫でた。

「グラララ、自分より後回しなもんがあって何よりだ」
「だめだめ、怒られちゃう!」

空島に行く前にセンゴクから連絡があったことを伝えれば、あれもお前が遣いじゃ首が雲を突き抜けるなと笑っている。確かに時間はかかるけど、おつかいは必ずこなさなくてはならない。それは、センゴクが友達だからではない。彼が、海軍の一番のお偉いさんだからだ。ニューゲートの元におつかいとして来る時、時間がかかっても私を遣いに寄越す理由も、私がおつかいの戦利品を持っていかなくてはいけないこともニューゲートは知っている。だから、言葉は少なくてもおつかいの中身は必ず持たせてくれるのだ。それは、他の誰でもない、私の為だということを、私は知っている。シャンの元から来たおつかいの子に渡された手紙は、その場で破いてしまったらしい。

「話があるなら酒を持って自分で来いと言っただけの事だ。海軍に世話かけることじゃねえよ」
「シャン、元気かな?」
「アホンダラ、こっちのことに首を突っ込んでる暇があったら、船を直しに行ってやれ」
「心配すんな。お前が会いたがっていたこと、おれ達が伝えておいてやるよい」

マルコがそう言ってくれたから、私は素直に頷いてニューゲートの頬に自分の頬を寄せた。

「無茶しないでね」
「お前が言うことか」
「ひひひ」

そうして、その日は誰と話すにもご飯の時もお風呂に入るのもずっと、約束通り一緒にいてくれた。パスミーが心配だと告げたばっかりに、ニューゲートと初めて一緒に不寝番もすることになった。

「ニューゲートが見張りなんて、皆も陰で不寝番してるよ」
「おれはお前の見張りだ。風邪でもひかれりゃ面倒だ」
「そっか、待ってて。布団持ってきてあげる!」

おれじゃねえと私の手を掴んで膝の上に戻したニューゲート。寒いんでしょ?と言えばどこからともなく布団がずずずとやってくる。あちらこちらから私たちの様子を窺っている可愛い息子たちの誰かが、気を利かせて布団だけ寄越してくれたのだ。

「だーるーまーさんーがー転んだ!」

徐に空に向かって叫べば、あちらこちらから素直に甲板へと姿を現した息子たち。最早条件反射だ。見張り台に居た子も、下の様子を見るように帆軸にぶら下がり揺れているのが見える。

何やってんだとニューゲートの呆れ声に、何人かがはっとして声を上げる。

「ナマエがいきなり言うからよ、反射でな」
「動いてやらなきゃ遊びにならねえだろ」
「おれは月見酒をしに来ただけだぜ、オヤジ」

それぞれの言い分を子供みたいにニューゲートへ言い訳している息子たちの姿も、早く寝ろと言い聞かせる父親の姿も、外の寒さなんか吹き飛ばすくらいに温かい。星も消えそうなほど賑やかで明るい船の上。始めに欠伸を零したのは、どうやら私だったらしい。布団をぐるぐるに巻かれて、ニューゲートの膝の上で目が覚めた。

「起きたかよい」
「はっ、夜終わっちゃった?」
「確かにすっきりしねえ空だが、夜じゃあねえな」

空を見上げるのと一緒に、後ろに感じるニューゲートを覗き見しようと真下からその顔を覗き見る。既に目を覚ましているニューゲートが真上を覆う様に私の顔を覗き見て、起きたなと笑った。

「おはよ、ニューゲート。よく眠れた?」
「不寝番が二人とも寝てどうすんだ」
「はっ!見張り!」

ニューゲートの言葉を聞いて、そう言えば私は昨日パスミーの見張りをかって出たんだと言うことを思い出した。もう終わったと聞かされてがっくり肩を落としたのも束の間、パスミーの様子を見に行かねばと布団をニューゲートの顔に放り投げて勢いよく海へと飛び込んだ。

「パスミー、おはよ!」

何度も言うようだけど、返事はない。けれど、波に揺れるその姿は元気に踊っているようで、機嫌を損ねたわけではないらしい。もしかしたら、一晩中ニューゲートが見ていてくれたのが嬉しかったのかも知れない。さっき布団を投げてきてしまったけど、あとでちゃんとお礼を言わないと。

「おつかいが終わったら、すぐ見てもらいに行こうね」

海から上がった途端、先ほど投げた布団が飛んでくる。ちょっと不機嫌そうに投げたのは、言わずもがな、だ。これで拭いてやるとその分厚い布団で私を拭いて、ぐっしゃぐしゃの頭に着替えの服をポイと置く。

「‥首曲がった」
「曲がってねえよ」
「折れた」
「折れるか」
「いいからいいから」

髪を梳いてと頼むけど、嫌だと意地でも座ろうとしないニューゲートの肩を、ググっと抑えて無理やり座らせる。そして、右肩から滑るように彼の膝まで一直線に下りてその膝の上に座った。

「ひひ、ニューゲートの負け」
「‥負けてやっただけだ」

髪を梳いてくださいと櫛を空に向かって掲げると、はあ、と溜息を頭の上に吹きかけたニューゲートが大人しく髪を梳いてくれる。それを見て、入って十年未満くらいの子たちは未だに慣れない様子でその光景に唖然とするばかり。天下の白ひげが、威厳も何もあったものじゃない。

「ニューゲート、布団ぶつけてごめんね」
「船のことじゃなかったらお前を放り投げてた」
「ひひ、パスミーのこともありがと」
「‥ナマエ。修理について来いというなら、行くぞ」

私がW7に上陸する時はいつもこうして聞いてくれる。特に今回は、船の調子がおかしいという今までとは違う状況だ。

「平気だよ。私もちょっとは成長してるから」
「‥何かあったら、すぐに呼べ」
「うん、ありがと」

自分がついて行った方がよほど安心だろう。私の平気と言う言葉だって少しの説得力も持っていない。それでも自分が行くことで事態が悪化する可能性や、私の一ミリにも満たない成長に僅かに期待してくれているのだと、私はそう思う。それ以上は何も言わないニューゲートに呼んだら助けに来てねと声を紡げば、言葉もなく私の前に小指を立ててくれた。