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遺跡の上の層で、ラキの気配が微弱ながらに感じ取れた。どんなに身体を小さく丸めても、身体から漏れ出る能力が小さくなるわけではない。そのおかげで、此処にいればラキも少しだけ疲労が和らぐはずだ。それに、下にいる皆を上からの攻撃からも守れるかもしれない。制御に回していた気力を息を整える方へと少し回して、浅くなった呼吸を少しずつ戻していく。言うことの効かなくなっている身体。既に指先を動かすのが精いっぱいで、身体の熱の逃げ場を探すように目から溢れる滴を増やし、額に滲む汗を増やした。
海がこんなに遠いと思う事なんて、なかったな‥
熱が溜まる一方で、悪魔の実を使う誰かがこちらに近付いていることを感知して身体が反射的にピクリと揺れる。私の能力は、他の悪魔の実の能力が自身に触れることを極端に嫌う。普段は然程関係ないけれど、今みたいに制御が出来ない時や不意に襲う敵意には敏感に反応して、周囲にある能力を無効にしてしまう。ニューゲートは、向こう見ずな私を守ってくれる良い能力だと笑っていた。どんな状況でも、普段通り大丈夫と声をかけてやればきっと安心するだろうと、仲良くしろよと言っていた。言葉で言うほど容易くはないことをわかっていて、それでも出来ると信じてくれている。
「知ってる力だよ‥怖く、ない」
上に来る気配が誰のものかはもはや分からないけれど、下から来るのだからロビン達だろう。だけど今は、彼女たちの邪魔をするわけにはいかない。
「少しだけ、なら‥っ、」
拳を握り締め、大きく息を吸った後息を止める。辺りの雲が掌から滲む血でほんのり桜色に染まり、徐々に枯れていく。遠くに見える影は背から足が生え、歩いている。ロビンの能力、やっぱり凄いな。自分の腕に噛み付き、あと二人、あと一人とその身体の搬入が終わることを祈り、彼女の能力が消えたことを確認してから、自分の身体を再び遺跡へと落とす。落ちる間際、ロビンが気付いたみたいだけれど、細かいコントロールがもう出来ない。ごめんねを告げることも出来ず、空気に溶け込んだ能力に触れたロビンがその場へへたりと座り込んだ。
下には、来ないでね。皆との約束は守りたいから。熱くなったままの身体の熱が増しているのか、それとも先ほどと変わらないのかなんて分からない。大蛇の上に落ちた私は、その蛇の少しひんやりした身に頬を寄せた。
「ちょっと、貸してね‥」
誰もいなくなった遺跡に漸く一度力を抜くと、忽ち遺跡中に力が満ち溢れた。遺跡を囲うように大きなドーム型の島雲を突き抜けないようにだけ制御すればいいのは先ほどに比べれば、どうって事は無い。上は黒い雲が覆っていたけれど、ここは真っ白な雲に覆われていていくらか穏やかだ。
静かに目を閉じ、自身の荒波に目をかける。空に来たんだ、海が遥か遠いのは仕方がない。それも楽しめばよかったのに、びっくりさせてばかりでごめんね。戻ったら、ちゃんと元の波に戻してあげるからね。遺跡に満ちた自分の能力を皮膚から口から吸収するように、大きく深呼吸を繰り返す。
ピク、
再び能力者が容赦なく踏み込んでくる。この感じ、五月蠅いくらいに主張するのは当然、ルフィだ。再び拳を握って、腕を噛む。七秒ほどかかって能力を粗方収めたものの、もう全ては抑えきれない。シャンドラの土地を大きな鉄球で少しずつ壊しながら進む破壊音と、彼の間抜けな声だけが耳に届く。ルフィの仲間は、大人しいっていう言葉を知らなさそうだな。
「あれ、ロビン達がいねえ」
「もう上に登ったんだよ」
よし行こうと言う足元はふらついているようで、腹でも減ってんのかなと言いながら辺りを見回したルフィは、すぐに蔓を上っていった。上の層に出れば、ふらつきも無くなるよ。ごめんね。彼らの声と音が聞こえなくなったことを確認して、口と掌を開く。抗うこともなく閉じていく瞼が無駄な力みを緩めて、制御の囲いも柔らかくその能力を包んでいく。
そうして夢と現実の間を行き来するような時間をどれだけ過ごしたか、周りの音もぼんやりとしか聞こえないこの空間に、目覚まし代わりの雷鳴が轟いた。背に乗せてくれていた大蛇は、身体を大きく揺らしながら巨大豆蔓へと向かって行く。その背から振り落とされた私は、遺跡の脇で遠のく彼がその豆蔓へと勢いよくぶつかるのを霞む視界の先に見ていた。
次第に攻撃が強くなって島雲もその雷に姿を消され、遺跡が露になっていく。掻き消された島雲と倒れていく豆蔓の元で、このシャンドラへ落下してくるワイパーの姿が見えた。
「大地は、敗けない!!」
大きな球体の浮かぶ上空を見つめそう言ったワイパーの声が、はっきりと耳に届く。何度も排撃をして、また大きな攻撃を受けて、身体なんてとっくにボロボロだというのにそれでもなお立ち続ける彼の背中に、唇を噛みしめる。ワイパーが能力者じゃなくてよかった。シャンドラまで身体を落としてくれたおかげで、命をつなぎ留めておくくらいは出来そうだ。彼らの故郷は、この地を守るために戦う子孫を守ってくれた。
「ありが、と」
不幸中の幸いとでもいうべきか、能力の副産物が功を奏しているように、遺跡が剥き出しになっても雷が鋭く刺さることは少なく済んでいる。海に雷が落ちても海中の魚が死ぬことは滅多にないのと同じで、稲妻が表面を渡り分散されていくからだ。だからといって、全て防げるわけでもないから都市のあちらこちらは多かれ少なかれ被害を受けている。せめて、この大きな神殿だけは絶対に壊させない。大蛇くんのおかげで神殿のすぐ近くに身体が在る。ワイパーも見える。これなら広がりを抑えるだけでいい。密度を濃くすればいい。深海に沈めるように、奥へ、奥へ隠せばいい。深呼吸をして、掌で固まった血をまた握り、腕に三つ目の歯形をつける。皆に比べれば、このくらいなんてことない。痛くもない。これが私の、覚悟だ。
そして。
「黄金郷は、あったぞ!!!」
カラァーーン カラァーーン
島中に、この空いっぱいに鳴り響く美しい鐘の音。これが島の歌声。これが、シャンドラの灯の燈火。島中の人に戦いの終焉を告げ、人々の心を癒し、不安を掻き消していく。その荘厳で優美なこの鐘の音は、不思議なことに私の中で大きくうねりを上げている荒れる海さえその音に乗せて優しく撫でてくれる。
もう大丈夫よ
安心できるまで何度も何度も、その美しい鐘の音を鳴らしてくれているようだった。