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「ワイパー、今日は宴に参加しろよ」
青海人が始めた宴は、国中を巻き込んで連日続いていた。日中には島の修復と鐘楼探策も行いながら、戦いの終わりを喜ぶ宴が今日も誰からともなく始まっていく。それに比べ、三日経っても目を覚ますことのないナマエ。
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「ここは‥?」
あの鐘の音を聞いてからどれだけ眠っていたのかはわからないが、目を覚ますとガンフォールと空の者、青海人がシャンディアの遺跡内に一堂に揃っていた。意識のない間に無様に捕えられたのかと声を上げれば、戦いの負傷者に区別はないと酋長が言う。その言葉に辺りを見れば、一際柔らかい海雲のようなベッドに身を沈める小さな身体が、すぐ隣に横たわっていた。
「ナマエ!」
「あ、まだ動いちゃ‥」
「力を制御できなかったか‥!おれのせいか‥!」
「落ち着け、眠っているだけだ」
酋長は遺跡内に目をやりながら、黄金の鐘楼を守り抜く使命についてもナマエについても成り行きを待てと言った。
「少なくとも大地は何者も拒んではいない。」
「そうだとも。少なくとも人々は今、誰一人戦いなど望んではいない」
戦いを告げる太鼓の音、遺跡に灯る炎、その光景は自身で確かめろと外の様子が見えるよう入口に付けられた仕切りをガンフォールがあげる。
空の者もシャンディアも青海人も関係なく、敵も味方の区別なく皆がその大きくともされた炎を囲み、誰もが笑っていた。
アイサも、カマキリもブラハムもゲンボウも、ラキも。皆のその顔を、誰よりナマエに見せてやりたかった。
「ナマエの力が遺跡中に充満しているらしい。皆、疲労が軽減されている」
「‥眠っていても、他人の事ばかりか。」
一番に見たかっただろうな。お前もその中で一緒に笑い声を重ねたかっただろうな。早く、目を覚ませ。
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それから毎日、いつ起きてもだれかがいてやれるようにと交代でつくことにしたが、宴の時はおれがつくと決めていた。今日の作業を終えたカマキリが遺跡内に顔を出して、それに続くようにラキたちもやってくる。ナマエの元へと顔を出すついでに、こうして宴への誘いを言っていく。
「おれはいいと言っているだろ」
「言ってみてるだけさ」
「ナマエはなかなか起きねえなあ」
「これだけ寝たら、身長伸びたりしねえかな」
言いたい放題、ナマエが起きていると変わらない騒がしさが彼女を囲う。専用の水のように柔らかいベッドを誰かが指で押せば、ゆりかごが揺れるように彼女の身体も揺れる。ナマエはこの揺れるベッドが好きだと言っていた。いつも誰かに押して押してと頼んでいた姿が、透けて再現されていく。目を血走らせて武器を手に持っていても、ナマエが来る度仲間の目は昔に戻る。もはや戦いもなく、懐かしい童心に戻るようなそれをおれも感じている。お前も早く起きろよ、一緒に宴をしようと皆が待ってる。
前髪がさらりと額を滑り、その隙間から出る額を撫でる。にやけた顔でこちらを見たゲンボウは何か言いたげで、近くにあった木の枝を投げつけた。
「何すんだよ!」
「てめえがふざけた顔してるからだ」
「ちょっと、二人とも」
ラキの言葉の後を追う様にバカだなとブラハムもナマエの頭を撫で、カマキリもその様子に柔らかい眼差しを落とす。
「‥今夜はここでしっぽり宴だな」
準備は整っていると言わんばかりにベッドを囲い、ジョッキや食べ物を持ち込んでナマエの足元に広げる。
「騒いだら起こしちまうからな、静かにやろう」
「それなら騒いだ方がいいか?」
既に騒がしいそいつらに、酋長から注意が飛んでくる。すまんすまんと気を取り直して酒を注ぎ、ナマエには青海人が持ってきたオレンジジュースを注いでやる。皆の視線がナマエに向き、乾杯とジョッキをぶつけると、それに気付いたかのように彼女の瞼がゆっくり、ゆっくりと開いた。
「‥みん、な」
僅かに首を動かしながら、うっすらと開いた目でおれたちを確認できたのか、まだ力ないものの穏やかな笑みを浮かべておはようと言う。涙を流すラキ、名前を呼ぶカマキリ、頭を撫でるブラハム、笑顔を返したゲンボウ。朝でもないのにその挨拶をしたナマエに、おれは初めておはようと返した。
「私、青海のタヌキを呼んで来るよ!」
遺跡の入り口をくぐりタヌキを呼びに走ったラキ。ブラハムがガンフォールに声をかけに行き、ゲンボウはシャンディアの仲間に、カマキリは酋長を呼びに行った。ナマエの元に残ったおれの小指を、ナマエが弱った手で緩く握る。
「ワイパー、良かったね」
そう言って穏やかな表情で目を閉じたナマエ。おれは、声を殺して涙を流した。