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「身体の内側に、海があるんだって。だから、仲間として私の力を丸ごと受け止めてくれるし力も貸してくれる。悪魔だって嫌うんじゃなくてね。」
「随分抽象的だな」
「ひひ、ごめんね」
感覚的な表現ばかりであまり伝わらないと言われることにはもう慣れたとナマエは言う。そして彼女自身もこの話の正解が分からないから、個々がイメージしたそれを彼女の能力だと思えばいいのだと付け加えた。
「海は優しいんだ。次はどこに行こうか悩んでたらあっちにはこんな島があるよ、私の友達はこっちにいるよって教えてくれて、パスミーの進む道を教えてくれるの」
慈しみに満ちた笑顔と弾む声が、彼女の話を真実だと語っている。
「‥海って喋んのか?」
「ナマエは海と喋れんのか?!」
「ウソップとチョッパーはちょっと黙ってて。ねえナマエ、貴方の船は勝手に進路を取るの?」
行先は海任せだという彼女の言葉に航海士さんが引っかかるのは当然で、もう一度説明してと声をかけている。困ったなあと視線を送って助け舟を求めたナマエは、頬を掻いて苦笑を返す空の騎士を真似するように頬を掻いて。どう説明しようかと言葉を探している彼女を膝から下ろしたゲリラ‥ワイパーと呼ばれた男が、隣のカマキリという男の膝に彼女を移して席を立つ。そして、海雲と透明な水の張った桶を二つ持って戻ってきた。それを見た彼女の表情が明るくなったのは、言うまでもない。彼らには、彼女の考えていることが全てわかっているようだ。
「ウソップ、ここに指をつけてみて」
長鼻くんの指が透明な水に沈むと、その対角線上に自身の指を浸けたナマエ。水面の揺れが次第に小さな波の形を作って彼の指に静かに当たる。船医さんは、以前船の上で聞いた航海士さんの言っていたことはこれかと目を輝かせて視線を落としている。
「私の身体は皆より冷たいでしょ?だから、温かい方に向かうように波が立つ」
その言葉だけで閃いた航海士さんが、冷えた海から暖かい陸に向かって風は吹くと言う気候の原理と似ているのだと簡単に説明してくれる。
「私にとっての陸は、陸地でもあるし海の上にいる友達でもあるの。行きたいと思った方に向かって波が立つ。知らない島のことは、さっきも言った通り海が全部教えてくれるんだよ。だから、気候も海流も関係なしに自由に海を渡れるんだ」
話している間も絶えず波を作り出す。次第に大きくなる波を掻き消すように、ゲリラの一人が彼女の手を水から引き上げて、その辺でしまっておけと拭っていた。
「ナマエの事、随分詳しいんだな」
「ひひ、何度も来てるしね」
「いつも突然やってきては、邪魔するぜと吾輩の家に船を置いていく」
「その後は我々の村でワイパーたちと遊んで帰っていくのが慣習だ」
「孫の話してるみてえだぞ、じいさん」
何度も来ていると簡単に言うけれど、どうやってここに来ているのかと不思議そうにコックさんが言う。突き上げる海流以外のルートを通るのか、それとも毎度あれに乗ってきているのか。
「確かに、ナマエは海の力を借りて来ているな」
「自慢げに話すのやめてよ変な騎士!」
「でも、私より説明上手だよ」
それでも見せた方が早いと、今度は海雲の入った桶に手を浸して、小さな握り拳を作る。すると、桶の中に小さな水柱が立ち上った。
「なにこれ!」
「下の海で同じことをするの。熱と衝撃をもう少し足すとね、そこに海流が出来て、突き上げる海流みたいな水柱ができる。皆が乗ってきた海流よりも立ち上ってる時間はずっと短いけど、パスミーなら十分な時間だよ」
パスミーというのは彼女の船の名前。彼女は、自分が海を渡れるのは船のおかげだと嬉しそうに語った。
「一万メートルの水柱だぞ。少しって表現はおかしくねえか?」
「そんなことないよ。私も能力者だし力は抜けるんだけど、海中で能力を制御する力が効かなくなるの。普段自由に出し入れ出来る力は二割くらいだから、枷がなくなって自由に泳ぎ回れる。身体が海に溶けてくの。気持ちいいんだよ」
「青海がどれだけの広さかは知らないが、同等の海がこの小さい体内に詰め込まれてる。制御がなくなれば、その能力が外に漏れだすことも必然だろうな」
あの広大な海と同じだけ広がる海を持つ少女‥想像が追いつかない分を補うように彼女に問いかける。
「海と同調する、或いは一体化出来る能力なのかしら」
「うん。さすがロビン、皆が分かりやすい言葉に置き換えてくれる」
「ただし、下の青海に限ってだ」
「いや、こっちでも泳いでたぞ」
「ああ、ナマエは普段魚みてえに泳ぐぞ」
魚みたいに泳ぐという船長さんの言葉に、コックさんが人魚かと目を輝かせていると、人魚のように尾ひれは無いし、魚のように呼吸するエラもないと彼女の独特の否定が入る。
「おれ達は自由に泳ぎ回れる姿の方が想像できないがな」
「こっちの海じゃ、ナマエが五分も潜水していれば海雲がうねりを上げだすからな」
言葉で説明しているだけではわかりにくいだろうともう一度桶に手を浸そうとする小さな手を、ワイパーが先に制止する。もう一人の男、カマキリが病み上がりだからなと言葉を足して、彼もまた彼女を制御する。
「こっちの海は、下の海とまったく一緒って訳じゃないみたいで」
「なるほど、下の海では拒まれることが無いから永久的に泳げるのね」
「とはいえ、人間が泳ぐよりは遥かに速い。我々では競争にもならんだろうな」
「じいさんならおれでも勝てるぞ」
長鼻くんの言葉に、あちらこちらで小さな笑みが零れる。身振り手振りを添えて説明する彼女の言葉を、空に住む彼らが少しずつ言葉を足してくれる。個々の想像に委ねているから誤差は生じるものの、能力の大枠は理解してもらえたようで少し安心したとナマエは嬉しそうに笑った。
「私も、聞いても良いかしら」
言葉と共に手を挙げた私に、快諾の言葉が返ってくる。大事に畳んで持っていた一枚、彼女の手配書を取り出した。ナマエは、ルフィにも見せてもらったと懐かしそうに褪せたその紙に視線を落として目を細める。
「初めて会った時も言ってたね。ずっと持っててくれたんだ」
「私にとっては、救いの一枚でもあったの」
私自身、悪魔の実の能力だけであの額がついたわけではないけれど、今回の話を聞いただけでもその特異な能力を持つ彼女が、自分よりも低額だったとはとても考えられない。
「その特異な能力の他にも、何かを持っているの?」
それとも、その能力自身に他の何かがあるのか。彼女は首を傾げてから、私の聞きたい答えじゃなかったらごめんと前置きを置いて、さらりと言葉を紡いだ。
「これ、私が初めてもらった手配書。四憶六千万。」
あどけない笑顔と共に、砂のように風に舞いそうなほど軽く紡がれたその言葉は、私たちにとっては鉛よりも重いものだった。