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ナマエの話を聞いた日の夜。四日目の宴会も終わり、先に眠りについたナマエの様子でも見に行こうと寝転がる人々の隙間を縫って近くまで行くと、神殿のすぐ傍から話し声が聞こえてきた。

「青海人に話すとはな」
「‥ナマエの決めたことだ。あの程度ならいいと思ったんだろ」

姿がはっきりと見えるわけではないが、お互いをワイパー・カマキリと呼ぶ声からそれがアイサの仲間の声だと分かる。どうやら昼間の能力の話をしているようだ。その会話の通り、ナマエの説明はほんの少しだけだった。これ以上聞き耳を立てても仕方ねえと、彼女の眠る遺跡の中へと足を進めようとしたのだが。

「何度も言った!!」

その苛立ちを含んだ荒々しい声に、踏み出した左足がぴたりと動きを止める。

「何度も言ったが結果は同じだ。酋長の言葉さえ聞かなかった」
「麦わら達には言うなと頼まれたが、早く青海に戻してやんねえと‥」
「‥アイツが、自分を優先すると思うか」

しねえよ。するわけねえよ。そう答えた男と全く同じ言葉をおれも心で呟いて、気付けば彼らの前に飛び出して問い質していた。

「‥ナマエに、何かあったのか?」
「麦わら‥!」

取り乱したように彼らに詰め寄るおれとは対照的に、バズーカの奴が落ち着いた様子で言葉を切る。

「盗み聞きか?躾のねえ野郎だな」
「ナマエは友達だ、困ってんなら助けてやりてえ。教えてくれよ!」

我慢の緒が切れたように、バズーカの奴がおれの胸ぐらを掴み後ろの石へと身体を打ち付ける。息を荒立て上昇していく怒りと比例するように、鋭く尖る視線が痛い程に突き刺さる。それから、もう一人の男がバズーカの奴の腕を止めた。

「おれ達に出来ることは何だ?ワイパー」

その言葉に返事はなかったが、それは肯定の意味でもあったようだ。手が離れると同時に咳き込んだおれに手を差し伸べたカマキリと呼ばれた奴が、サングラスを上げながらおれに声をかけた。

「麦わら、お前に直接話はできない。ナマエとの約束だ」
「なんだよ、話してくれるんじゃねえのかよ!」
「だから!だから、おれは今からワイパーとナマエの話をする。お前がさっきのように遺跡の陰から聞き耳を立ててもおれ達には知りようがない。」

だから盗み聞きをしてくれ、と頭を下げられた。

「ややこしいな」
「ナマエとの約束は守る。おれ達の決め事だ」

あいつがいつもそうしようとしてくれているように。その言葉はおれにも覚えのある言葉で。

「余所者を排除ばかりしていたおれ達に青海人の友達が出来るなんて思っても見なかったが、アイツはおれ達を友達と呼んでくれる。ナマエは、おれ達にとっても大事な友達なんだ」
「麦わら‥ナマエを助けてやってくれ」

サングラスの奴の隣で、バズーカの奴も頭を下げる。握られた拳は血管が浮き出るほど力強く握られて、ナマエの掌と同じように血が滴りそうなほどだ。本当なら自分たちで何とかしてやりたいはずだ。おれと同じように、もしかしたらそれ以上にナマエのことを助けてやりてえんだ。言葉に乗せられた想いが直接心臓に響いたように、一際大きく心臓が跳ねる。

「分かった」

おれは先程まで居た神殿の脇に腰を下ろして、彼らの話声に耳を澄ませた。ナマエの傷の治りは遅く、厳密に言えば体温もまだ戻り切っていないらしい。それは、仲間が受けたダメージを軽減してくれたナマエの能力が、その負担を彼女の中に蓄積させることで成立するからだと言う。

「長く生きてきて、一人で抱えることに慣れ過ぎてる」
「だからその身体でもはしゃぎまわっているし笑っていられるが、寝ている時は負担に蓋をすることもないだろうからな。いつも苦しそうだ。」

話を聞き終えたおれは、そのままナマエの眠る神殿へと足を向けた。ナマエの寝顔は見たことがあるけど、そんな顔をしているところは見たことがなかった。下の海に入れば負担も解放できるからなのか、たまたま負担がない時だったのか、それともおれ達の前では気を張っていたのか。神殿の中に入ると、ナマエは顔まで布団を被って眠っているようだった。

すぐに近づこうとしたけれど、アイツらの話していた通り制御が不安定になっているのかおれの腕が伸びる事は無い。そっと近寄り優しく布団を捲ると、一瞬で目を覚ましたナマエ。その顔が険しいかは、分からなかった。

「わり、起こしたな」
「おはよ、ルフィ」

柔らかく笑うその笑顔の下に、何かがあるとは知っていた。だけど話したくないのだと、おれがナマエを友達だと思ってることに変わりはないと、楽観的にしか考えていなかった。

「なあナマエ、おれ達明日下の海に戻ろうと思ってんだ」
「そっか。空島は楽しめた?」
「ああ、すっげー楽しかった!」

そっか、と嬉しそうに笑い静かに目を閉じる。ナマエが自分から一緒に行くと言わないことは、シャンクスに聞いて知っていた。こんな時でも本当に言わないんだな。ナマエがそれを言うのはあの男だけだ。少しだけ、羨ましくもある。

「下に行くまでの間、一緒に行かねえか?」
「‥ひひ、ワイパー達話しちゃった?」
「アイツらは約束破ってねえぞ!おれが話を盗み聞きしたんだ!」

そうは言ったが、ナマエはその状況が作られたものだと察しているようだった。どこまで聞いたのかという問いかけに素直に全部答えれば、口元を布団で隠して笑いながら、そっかともう一度言葉を紡いだ。

「あいつら、本当に心配してたぞ」
「申し訳ないことしちゃったな。ルフィにも気を遣わせちゃってごめんね。」
「ごめんっつーならよ、一緒に下に行こう!そしたらあいつらも安心だ」

その提案に少し考えてから首を縦に振ったナマエは、ごめんではなくありがとうと笑顔で言った。皆のところへ戻り、ナミ達を起こし、黄金を奪って逃げようと声をかけた。ナマエのことは言わなかったが、きっと大丈夫だ。次の日の出発まで、それぞれが悔いのないよう動くこととなったのだ。