03

「マルコ、」

ナマエが遣いとしてここへ来る度にオヤジが彼女を心配するように、ナマエはここへくる度オヤジのことを心配している。特に、オヤジが点滴を付けるようになってからはその心配が色濃く出るようになった。

「やっぱり、シャンが来るまで残ろうかな」

誰より敏感なナマエ。初めてオヤジに点滴の管が繋がれた時はその滴が落ちる度に自分の目からも同じように雫を溢して、これが終われば治るのかと聞いていた。そう簡単じゃあないと返したオヤジの膝元を濡らしたナマエの姿は痛々しくて、拭ったその涙を口に含んだオヤジの、海の味だと笑った顔は驚くほど優しくて。今でも忘れられない程、その痛みがはっきりと心臓に焼き付いている。

「船を直したいんだろ?」
「うん。‥でもニューゲート、また少し悪くなってるから‥」
「オヤジはああ言ったが、赤髪が来るときにお前がいたんじゃ事が厄介になった時にお前を巻き込むことになる。オヤジはそれを気にしてんだよい」

オヤジと赤髪がナマエの話で盛り上がるとは思えないが、多少の緩衝材にはなるだろう。ただ、四皇と呼ばれるオヤジ達の対峙にナマエ本人が居るとなれば、何かあった時にナマエに始末させるのが政府だ。

「おれ達だけじゃ不安も残るだろうが、オヤジの気持ちを汲んでやってくれねえか?お前が悲しむことを、あの人はしねえよい」

おれ達にとっても最早他人ではないコイツがそう言う存在だと言うことを、時々忘れていることに気付かされる。目の前のちび助は、ただの子供では無い。

「お前が一番よく知ってるだろ」
「ひひ、そうだといいな」

まだ乾ききらない、潮の香りを残した髪をくしゃりと撫でてやれば、陽の光を浴びる水面のように爽やかな笑顔で、ナマエは笑った。そして、オヤジの元へ走って戻ると、いつものようにオヤジの腕に収まった。賑やかしく話をしながらオヤジを見上げては肩を揺らして笑っている。

「空に行く前、エースと会ったそうだぞ」
「あいつも、一人で無茶してねえと良いがな」

少し離れた離れたこの甲板の先では姿ら見えども声までは聞こえない。それを察してか、隣に来たジョズがナマエの姿に目を細めながら、あちらの話を報告してきた。

「エースにオヤジの話を聞いたと、本人に話してる」
「はは、エースも帰ってきたらどやされるよい」

特別避けていたわけでもないが、エースの話はそこまで話題にしなかった。それでも、あいつの口から出るエースの話は耳馴染みが良いようで、誰もが笑って聞いている。

「ジョズ、ナマエが心配かよい?」
「行き先は造船島、タイミングも最悪だ。‥とは言え、お前程じゃあないがな」

顔に書いてあるぞ、とおれの背中を叩きながら笑うジョズ。オヤジに似て過保護だなとおれよりよほど過保護な奴に言われても、呆れた笑いしか出て来ない。そもそもこの船で過保護じゃない奴など、誰一人としていないのだ。おれ達は皆、オヤジの背中を見てきたのだから。

「空で能力が暴走した後だ。何かありゃ、造船島にも行く腹積もりだろ」

そう話していた通り、昼前にはここを発ったナマエを見送り終えた後、オヤジは船を赤い大陸へ寄せると言った。赤髪とそこで会うのはリスクが大きいと知っていても、オヤジが船の不調を抱えたナマエを心配しないはずがない。いつもの椅子に腰を下ろしたオヤジは、深く長く息を吐いた。

「船だけ心配してりゃあいいものを‥すまねえな、マルコ」
「オヤジが何を謝るってんだ」
「ナマエが、余計な世話ごとを置いていっただろ」

どれだけ隠そうと、他の誰が気付かずとも、オヤジはナマエのことを取りこぼしたりはしない。もう少し耳が遠くなってもいい頃だと冗談交じりに返せば、あいつの声が聞こえなくなる事は無いと自信交じりの笑みを零す。

「おれもあいつの一番大事なものくらい、守ってやりてえんだよい」
「どいつもこいつも‥誰に似たんだか」
「子は親の背を見て育つもんだぜ、オヤジ」
「グララララ、ガキが一丁前に」

一頻り笑うと、オヤジは大きく息を吸い込んで地平線へと視線をやる。それから空を仰いでゆっくりと目を閉じた。

「あれから八年か‥‥あいつの一番好きな島だ。自由に行かせてやりてえな」
「オヤジ‥」
「子守に疲れた。少し休む」

オヤジはそれ以上何も言わなかった。その沈黙が、全てを語っていた。
ナマエよ、お前がいるとこの船が賑やかだ。何故だか分かるか?オヤジのでけえ笑い声が、甲板いっぱいに響くからさ。それにつられて、おれ達も声を出して笑うからさ。たとえお前が泣いても怒っても、おれ達はお前に振り回されては笑ってる。何故だか分かるか?今日こそはオヤジより先にお前を笑わせてやろうと、競ってんだ。一度も勝てた事は無いがな。お前の一番の宝を守るのはおれ達だと、誰もが思ってる。オヤジの息子であるおれ達の役目だと思ってる。だから心配するなよ、ナマエ。安心して船を直しに行け。

「ゆっくり休んでくれ、オヤジ」

オヤジも心配するなよ。おれ達がいる、安心して休んでくれ。だけど、忘れないでくれ。アンタの代わりは、誰にも出来ねえんだよい。