07

シャンの声が聴こえたのは、海軍に着く少し前のこと。心配いらないと気遣ってくれた優しさに、少しばかりのお礼を兼ねて波をやる。また今度、会いに行くね。

荒れるかと思っていた空も少しずつ晴れ間が出てきて、その島の気候に近づく頃にはお天道様が水面にキラキラと光を当てていた。キュキュ、とイルカの鳴く声に目をやれば、海が細く凍っているではないか。

「なにこれ。イルカちゃんがやったの?」

んなわけないだろ、と誰かが突っ込むわけでもない。キュキュ、ともう一度声を上げるその子の真ん丸の目を覗いて、何が言いたいのかなとじっと見つめてみる。

「‥何これ?」

私が分からなければ現時点でわかる人はいないわけで、とりあえず凍った道を素手で割って、イルカちゃんに道を作ってあげた。向こうに行きたかったわけじゃないみたいだけど可愛い鳴き声と共にその割れ目を行き来するイルカちゃんに手を振って、その氷の道に沿って少しスピードを上げた。

「あ、」

その道の先の先の先、変なおじさんが鼻歌を歌って自転車を漕いでいる。あれは、能力者だ。

「おじさん」
「‥おれか?」

自転車を漕ぐ足を止めて、おじさんの隣へと船をつける。

「‥あー‥お前はあれだな、あれだ。どうしてここにいる」
「私はあれじゃないよ。それよりおじさん、もしかしてさ」
「何だ、こっちの正体もバレてるってか」
「‥もしかして、おでこにも目があるの?」

前髪もなくアイマスクをおでこに付けているのがどうしても気になって聞いてみると、正体とか言っちゃったよと自分で突っ込んでいる。ちょっと変わってる人だ。そもそも海で自転車漕いでるんだから変わってないはずないんだけど。どうなってるか見たいかと聞かれて小刻みに首を縦に動かすと、おじさんは口角を上げて言った。

「死ぬとしても、か?」

親指でマスクの下をちらりと上げようとするから、その手に慌てて飛びついた。

「はは、お前でも怖いか」
「私が見たら、おじさん死んじゃうんでしょ‥?」

そんなの駄目だ。私の好奇心のせいで死なせるわけにはいかない。返事をしなくなったおじさんの親指を反対側に折れるくらい引っ張って、痛いと言うまで離さないようにした。

「痛いでしょーが!」

腕を振りながら、やっと離した私に物凄い高さから怒鳴りつけてくる足長おじさん。見たら死ぬのはお前だよとさらりと怖いことを言うから、尚更嫌だよとアイマスクを外さないようその背に乗ってアイマスクが剥がれないようにおでこに擦り付けた。

「命は大切に。それからあんまり海に変なことしないでね。向こうでイルカちゃん困ってたよ」
「あー‥お前が言うと説得力が違うな」

悪かった、と背から下ろした彼が私の頭に手を乗せ、真顔でアイスエイジと呟いた。私の頭の上に置かれるその手に私が触れる前に、彼は素早く手を引いた。

「‥今の呪文?」
「そんなわけないでしょ。何してくれちゃってんのお嬢さん」

この人のことは知らないけど、アイスエイジと言うのはきっと技の名前だ。その身体がふらつかないと言うのは、多分強いんだろう。相手を拒絶するように、私が制御を緩めるより先にこじ開けて私を守ってくれる。私の人見知りと言う個性が全部能力に行ってしまったのか、能力同士が仲良くなるまでにはちょっと時間がかかるようだ。

「なるほどね、その形であれだけの懸賞金が付くのも納得だ。」

もう何もしないと言って再び自転車に跨り、そのペダルに足をかける。私の正体を知っていて手を出さずに去ってくれるんだからきっといい人だ。じゃあねとひらり私より先に手を振ってくれるから、私も張り切って手を振った。けれど、一向に踏み出そうとしなくて、私が手を振り下ろすまで出発しないのではないかとそろりと下ろしてみる。

「あのなお嬢ちゃん、氷が張れねえんだわ」
「あ、私のせいか!」

ごめんごめんと謝れば、何かガープさんに似てんだよなあと声を漏らして自転車を漕いでいった。その背中に再び左右に手を揺らしながら、ガープのことをガープさんと呼ぶなんてあの人海軍か。それなら海軍の船を呼べばいいのにとぼんやり考えていた。

「ビックリしたねえ、パスミー。」

船に乗せてある毛布をパスミーにかけ、おじさんが張った氷をところどころ割っていく。海に氷が張るのを見たことがないわけじゃない。自然界ならばどれだけ分厚く氷が張ってもその下に海が広がっている事を知っているし、怖いと思った事は無かった。けれど、それならば私もあの能力に凍らされたりするんだろうか?氷が張ってもその奥には海は広がっているんだろうか?

「ひんやりするなあ」

改めて見る景色はあまりにも異質で、その海の姿に、少し身体が震えた。