05
「あ、ネズミだ」
「よし、連れて帰ろう」
「アイスバーグのポッケに入りそう」
翌日、早速パスミーの修理をしてくれるというアイスバーグについて、秘書さんも一緒にドックへと向かった。途中、道端で真っ白なネズミを見つけて掌を差し出すと、前足で確認した後そのまま腕を伝って私の肩へ乗る。ポッケ、と言う言葉が分かったのか、アイスバーグへと前足を伸ばそうとしているから、落ちないように彼の手元に肩を寄せた。掌に乗せ、エレベーターのようにポケットの前までもっていったアイスバーグの手元から、転がるようにその袋に身を収めて、実に満足そうだ。
「可愛いねえ」
「連れて行くか?」
「ううん、いい」
「ンマー、船の上で粗相されても困るしな」
彼のポケットの中、何も気にしていなさそうにつぶらな瞳を私に向けているネズミちゃん。そのまま視線をアイスバーグに向ければ、おれにとっても大事な船だとネズミちゃんの頭を指で優しく撫でている。
「アイスバーグにもう懐いてる。この町にいたいんだよ」
「良い所だからな。カリファはどう思う」
「ええ、素敵な町です。とても」
大きく数字の書かれたドックがいよいよ見えてきた。入口に近づくにつれ、オレンジ色の髪や麦わら帽子、それから長い鼻はっきりと見えてくる。
「あ、」
「何だ知り合いか?」
「前の島でね。偶然会ったの」
「そうか」
この子たち、本当にいっつもギャーギャーしてるところにいるなあ。空を飛んで行った船大工を見て大騒ぎしていたらしい彼らに、前に出たアイスバーグが格好をつけながらその二つ名である山風を語った。ところで、と言葉を零した彼の言葉にすかさず反応した秘書さんは、調査済みだと言う彼ら麦わらの一味について簡潔且つ的確に説明する。私ももう何度目かの彼らとの再会に、アイスバーグの後ろから静かにひらりと手を振った。
「お前も来てたのか!」
「‥そんな恥ずかしがり屋だったか?」
「ンマー、よく来た」
身を隠した私を不思議そうに見つめていたけれど、話し始めたアイスバーグに耳を傾け、それ以上は何も言わなかった。自己紹介をさらりと済ませ、ポッケの中のネズミちゃんをティラノサウルスと言う名前で紹介する。そのまたついでとばかりにこれは気にするなと私の髪をくしゃくしゃと撫でて、そのまま話を続けたアイスバーグ。我儘放題言って全ての予定をキャンセルしたインパクトが強すぎて、その前に話していたことが一つも残っていない。何を言ってたっけ?
「私、先にパスミーの所に行っててもいい?」
「ああ。場所は分かるか?」
「昨日見た!」
アイスバーグさんが来ているらしい、社長が来たと、昨日と変わらぬ人気を見せる彼への信頼の声のアーチをくぐりながら、私はパスミーの元へと向かった。
「お、昨日のアイスバーグさんの客だな」
前から来た変な寝ぐせの人が声をかけてくれた。
パスミーを見に行くと言えば、彼も一緒に行ってくれるという。一人で行けるよと言ったけど、おれがもう一度見たいんだと笑いながら、隣を歩いてくれた。
「さあついたぞ」
その男の人は、自身をルルと名乗りながら、シャッターを開けてパスミーに日差しを浴びせてくれた。海水とも違う冷たさの空気が流れる倉庫で、真っ暗の中、パスミーは寂しくなかっただろうか。
「フィンって言うの直すのって、時間かかる?」
メンテナンスも併せて三日もあれば十分だろうと私の頭に手を置いて、心配いらないと彼が笑う。
「なあ、近くで見てもいいか?」
「見るだけね」
「こだわるねえお嬢ちゃん」
「大事な人がね、ずっと直してくれるって約束したの。その人は死んじゃったから‥修理の時はアイスバーグが良いんだ」
「そうだったのか。悪いこと聞いたな」
「ううん、私もわがままでごめんなさい」
「大事にしてるんだ、良いことじゃねえか」
ルルはサングラスを少しずらして優しく笑うと、私の頭にそっと手を置いた。それからパスミーに目を移して、外板がどうとか塗装がどうとか釘がどうとか言いながらじっくり見た後、あとでアイスバーグが修理するところを見せてもらおうと嬉しそうに呟いていた。
「ルル、ありがと」
「こちらこそだ。一旦本社に戻るか?」
「うん!」
良いものやるよと、gallayと書かれた帽子を私に被せてくれるルル。ぶかぶかの帽子の後ろをゴムで仮止めして、あとで調整してやるよと帽子を後ろにずらしてくれるから、顔を見上げて大きく頷いた。アイスバーグに見せてあげようとルルの手を引いて駆け足で戻る途中、入り口辺りでアイスバーグはいるかと黒スーツの男が声をかけてきた。知らない人だけど、お腹の底でちゃぷん、と波が揺れる。帽子を深く被り、ルルのズボンを握りしめると、その大きな背に私を隠してくれた。
「‥ん、子供か?」
「大工の子供ですよ。アイスバーグさん探して来るんで、少々お待ちを。」
私の手を引いて、怖くねえよと小さく声を降らせてくれたルルは、アイスバーグの元に行くまでずっと優しく手を握ってくれていた。アイスバーグに客が来ていることを伝え、私のことも託してくれた。