06

「人見知りしてたんで、適当に大工の子供だって言っておきました」
「ンマー、世話かけたな。助かった」
「ありがとう」

アイスバーグさんのお客様だというその少女は、ガレーラの帽子を被ってルルと一緒に戻ってきた。出会って間もない彼の手を握り、後ろから土足で入り込んできたコーギー氏への鋭い視線を帽子の鍔で隠しながら、アイスバーグさんと話す姿をじっと見つめている。
‥コーギー氏は海賊がいると嗅ぎつけながらも、アイスバーグさんに今日こそはとお話を通したいご様子だ。

「‥お腹空いたなあ」

徐に、彼女が自身の腹部を擦りながらぽつりと呟いた。結構な量を食べていたはずだけれど、足りなかっただろうか。

「気付かずに申し訳ありません。食事をご用意しますね」

アイスバーグさんまで声が聞こえたとは思えないけれど、本社でお話をされると言うことになったアイスバーグさんは、彼女も用意した部屋に通しておくようにとタイミングよくこちらに声をかけた。手を離したルルが彼女を心配していた所からしても、彼女はコーギー氏のことをあまりよく思っていないようだ。そんな彼女は、ひひひと帽子の鍔を少し上げて歯を見せて笑いながら私の背を追い少し駆け足で近寄ると、隣に並んで私にもその笑顔を見せてくる。

「帽子、似合う?」
「ええ、素敵です。ルルと仲良くなったのですね」
「ひひひ、さっきね」

お腹が空いたと即興の歌を歌いながら、彼女に合わせた歩幅よりも大きく足を踏み出して歩いていく。私の歩幅丁度の、大きな一歩だ。

「おにぎり、ある?」

僅かばかり揺れた声には気付くこともなく、歌を止めて私の顔を見上げる少女。首を縦に振り具材は何が良いかと尋ねれば、彼女は元気いっぱいに"塩"という二文字を口にした。

「この街の塩おにぎり、美味しいんだよ」

私が食べたことがないということに酷く驚いて、それから本社の部屋に案内するまでの数分、彼女はこの街の塩おにぎりが如何に美味しいかという話をしていた。説明は身振り手振り、説明の中身は殆ど空だ。ただ、美味しいと言う情報だけは確実に入ってきた。

「食べたことないなんて、勿体無いなあ」

私の昼食も塩おにぎりにしたらと言って、その小さな掌でおにぎりを握る動作を見せている。

「良いですね」

承知しました、ではなく、この言葉が自然と出ていた。彼女もその言葉を嬉しそうに聞き入れて大きく頷く。

「お待ちの間、何か飲み物でもご用意しましょうか」
「ううん、大丈夫。ありがとう」

彼女の身体には大きすぎるそのソファに腰掛けると、笑顔を浮かべたまま瞼を閉じる。今日はアイスバーグさんのいなかった間彼女も街を散策していたようだし、食事も睡眠も十分でなかったのかもしれない。

‥そうではないかも、しれないが。

私はそっと部屋を出て、おにぎりの用意と紅茶の用意をしにキッチンへと向かった。コーギー氏のお帰りはいつもよりずっと早くて、紅茶を用意してアイスバーグさんのお部屋に伺うと、窓から彼らが帰る姿を覗いていた。そして二、三会話をした後、アイスバーグさんはあの少女の様子を尋ねてきた。

「朝のお食事が足りなかったのか、お腹が空いたとおっしゃっていましたが、お部屋にお通しした途端お休みに」
「そうか」
「お食事はどうしましょうか」
「用意だけしておいてくれ。そのうちまた腹が減ったと訴えてくるはずだ」
「よくご存知なのですね」
「いや、何も知らねえさ」

窓の外に視線を移して、愛おしそうな表情を浮かべたアイスバーグさん。彼がその表情を浮かべる理由は、この二日見てきて私にも僅かに理解できるような気がする。

「この街の塩おにぎりは美味しいと、彼女が」
「カリファ、お前も絆されたか?」
「も、と言うと?」
「ンマー、色々だ」

紅茶の香りをしばし楽しんでから、一口運ぶ。今日も美味いなという言葉と共にカップを置くと、彼女を自身のベッドへ移そうと客間へと足を向けようとした時、勢いよく扉が開いた。

「邪魔するぜ!」
「‥ンマー、部屋に入る時はノックしろ」
「邪魔するぜ、って言ったよ?」

ねえ、と同意を求められて困惑したのは初めてだ。アイスバーグさんはティーカップをソーサーに戻すと、こうやって入れと彼女に教えるように扉を閉める。コンコンコン、と三回ノック音がして、邪魔するぞ、と扉を開ける。

「同じだよ」

ねえ、と再び同意を求められ、早速人生二度目の困惑。少し違いますねと言えば、じゃあやってみてよと背を押され部屋の外へと追いやられる。いつものように入室すると、彼女は飛び切りの笑顔をアイスバーグさんに向けていた。

「分かったか?ノックの後に邪魔するぞ、の言葉だ」
「分かった!」

彼女が大きく頷き扉の外へ出ると、ノック音を三回鳴らしながら扉を開け、一息置いて邪魔するぜと笑った。

「ンマー‥下手だな」
「苦手なんですね」

もういいから早く入れと手招きをしたアイスバーグさんに駆け寄り、彼に手を伸ばす。そして当然のように抱えられた少女は、陽だまりの様な笑顔を零した。

「邪魔するぜって最初に断れば入っても良いって」
「誰だそんなこと教えたの」
「ひひひ、忘れた」

一緒におにぎりを食べようと頬を寄せる彼女に、アイスバーグさんは初めて見せるような表情を見せていた。彼女のことを余程気に入っておられる様子だ。彼女が来てから、彼の楽しそうに笑う声が良く聞こえてくる。彼だけでなく彼女にすれ違うものは皆、少しの笑みの余韻を残していくのがここ何日かで見た社員の姿だ。

「お食事、お持ちしますね」

静かに扉を閉め、スーツの襟を正す。

「おーい、カリファ。アイスバーグさんはもう部屋におるか?」
「ええ。来客対応中です」
「んー、ならば出直そう。終わったら教えてくれ」
「ええ」

再び足を進めて、食事を取りに向かう。歩幅もいつも通り。当然だ。私が絆されるなど、在りはしないのだから。