07
昼間、倉庫に行った時から決めていたことだ。アイスバーグに頼んで、パスミーの元で一緒に夜を過ごすことにした。海の上では波の揺れも夜の黒も波の音も肌に触れる風も心地良いけれど、パスミーのいる倉庫は暗くて寒くて、海とは違う冷たさが肌を刺した。海に置いていくのは安心だけれど、陸の上は心細い。
「今日からは一緒にいるからね」
広いと言っても閉鎖的なこの場所で、周囲の音もほとんど聞こえない。その中で独特な香りに包まれて眠るのは、あまり心地良いものではなかった。けれど、冷えたパスミーが丁度いい低温になっていて気持ちは良い。
ここは良い人たちばかりだけど、お忍びで来る方が楽ちんだな。いつもよりずっと気を張って過ごしていたからか、眠りに落ちていくのに時間はかからなかった。朝も昼も夜もない倉庫の中、自分が目覚めたのは朝なのか昼なのか夜なのか。シャッターを開けて差し込んできたその眩しさに目を細めると、そこは耳を塞ぎたくなるような喧騒に包まれていた。
「どけっつってんだろうが、馬鹿野郎共ォ!!!」
一掃するような声が響き渡るも、シャッター音は鳴りやまない。お祭りでないことは確かなようだ。
「おはよう、パウリー」
「お前‥」
「何かあったの?」
一緒に来るかと手を差し出すだけで、私の言葉への返事はなかった。差し出された手を掴んで記者の作る道の真ん中を歩いて本社へと足を踏み入れる。繋がる手を握る力が次第に強くなっては悪いと謝って、また徐々に強くなる。
「私は痛くないよ。大丈夫だよ」
「‥お前、アイスバーグさんのこと好きか?」
「うん、大好き」
「‥それならよく聞け」
自分の中で整理のつかない話を、どう説明していいのか分からなかったのかもしれない。見上げる私の頭を撫でながら、悪いなと苦しそうに言葉を吐いたパウリーは、ゆっくりと私の前にしゃがみ視線を真っ直ぐに合わせた。
「アイスバーグさんが、撃たれた」
言葉の終わりに歯を食いしばった彼の悲痛な表情が、全てを語っていた。呑気に寝ている場合ではなかった。こんなに近くにいて、銃声だって聞こえる距離だったはずだ。彼の寝泊まりする場所よりずっと、ずっと近くにいたのは私だ。
「言葉の意味、分かるか」
「うん」
子供には難しい話だと感じたのかもしれない。それでも、私にとって大事な人の身に起きた話を、隠さずに話してくれる。優しい人だ。
「パウリーのせいじゃないよ」
笑って見せれば、こういう時は笑わなくてもいいんだと、自分の肩に私の顔を引き寄せて背中を擦ってくれる。大丈夫だ、きっと大丈夫だと自身にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ彼の背の数字をなぞるように、私も彼の背をするりと撫でた。
「カク、ルル」
部屋の外で腰を下ろしていた二人が、パウリーの声で立ち上がる。私も連れてきたのかと頭を掻いたカクと、寝癖を押し込めるルル。中で秘書さんとハトの人がついているらしい。
「私も入りたい」
「心配なのはお前さんだけじゃあない。わしらと此処で待て」
いやいやと首を振る私を抱え上げ、皆でここで待とうとルルが膝に乗せてくれるので、仕方なく大人しく待つことにした。時々揺れる片足、すぐに灰になる銜えた煙草、何度も組み直す腕。落ち着かない様子の三人は、あまり口を開かなかった。かくいう私も、お腹の底の水がゆらりと揺れて落ち着かない時間を過ごしている。
「静かに、部屋に入ってください。」
長いような短いような、一日のうちの何分の一かの時間だとは到底思えないほどのその時間は、目元と鼻の先を赤くした秘書の言葉で終わりを告げる。同時に、廊下で待たされていた彼らの顔も明るいものへと変わっていく。
「アイスバーグさんが、たった今意識を取り戻しました」
「よかった‥!」
「本当に良かった‥!!」
安堵の笑みを浮かべながら私を抱き上げたルルに連れられて、私は皆と一緒にアイスバーグのいる部屋へ入って行った。
「ンマー、心配かけた」
枕に頭を沈め、天井を見上げたままアイスバーグの一声を誰もが待っていた。パウリーが椅子に腰を掛けて彼に声をかける様子を、私はティラノと一緒にベッドの脇に腰掛けて見守ることになる。昨夜の襲撃が誰の手によるものか、まだ犯人は分かっていないと悔しさを噛むように告げたパウリーに、アイスバーグは犯人を覚えていると言った。一人は分からないが、もう一人はニコ・ロビンだと。
「麦わらの一味だと?」
彼らは政府にも確認を取りニコロビンが麦わら海賊団の一人だと確証を得ていると言う。‥政府って、あのセイフだよね?この島で、政府で‥?
「セイフって、」
「‥ンマー、子供は政府なんぞ知らなくて当然か」
言葉と共に、アイスバーグが私の頭に手を伸ばそうと布団から手を出した。その手は頭に届く事は無かったけれど、代わりにティラノがその指先に触れる。
「なんだ、お前政府を知らねえのか。昨日黒いスーツの男が来てたろ?あれも政府の人間だ」
「ふうん、偉い?」
私の言葉の後に流れそうになっていた沈黙を壊したのは、タイルストンという声の大きい職長さんが勢いよく扉を開け、放った豪快な声だった。
「「声がでけえよタイルストン!」」
皆の声も揃って騒々しくなった部屋、ティラノが逃げるように私の手に乗った。大丈夫だよと鼻先を撫でてやると、安心したのかゆっくりと降りてまたアイスバーグの顔が見える位置に戻っていく。ティラノは昨日の夜も一緒だったのかな。きっと、怖かったよね。ティラノに合わせて椅子をずらして手を出せば、小さな鳴き声と一緒に私の手に乗ってアイスバーグの様子をじっと見つめている。その背を撫でながら、タイルストンの言葉に耳を傾ける。
「昨日着た麦わらの海賊がフランキーと喧嘩を始めやがって、造船所がめちゃくちゃに!!!」
「麦わら‥アイスバーグさん」
襲撃の話を聞き、造船所もめちゃくちゃに。彼らの怒りを買うには十分な情報だっただろう。お前はここに居ろ、と青筋を立てるパウリーが置き土産のように言葉だけ投げて走り出す。
「少し、お休みください。アイスバーグさん。私がそばについていますから」
彼女はアイスバーグについていると言ってパウリーのいた椅子に腰かける。私もティラノと一緒に、ベッドに横になるアイスバーグをただただ見つめていた。