09

自分で決めた事。これで良い、これで良いのよ。

「ロービーンっ」

船医さんたちにお別れを告げ、息を吐く間もくれずに彼女は足元に現れた。気配もなく、気付けばそこに居た彼女。いつからいたのと声をかけても返答はなく、いつものように屈託のない笑顔がこちらに向けられた。

「ロビンがアイスバーグを撃ったって、本当?」
「ええ。あの人もあなたのお友達なのかしら?」
「そうだって言ったら、手を出さないでいてくれた?」

一切崩れない笑顔の真意は、何なのか。

「‥それじゃあ、私の息の根を止めに?」
「まさか。」
「あら、優しいのね」
「もしニューゲートを秤にかけられたら、私だって何でもする」

一緒だね、と彼女は笑う。何をどこまで知っているのだろうか。政府と市長、どちらの味方なのか‥それとも全く別の‥そんなことを考えても答えが出るはずもない。何故なら、彼女の考えていることなど私には見当もつかないのだから。

「あなたにももう会う事は無さそうね。道を開けてくれる?」
「ロビンはせっかちさんだなあ」

お茶を飲もうと言っているわけでもないのだし、と状況に似合わない言葉で私を宥めようとする彼女は、驚くことさえおかしく思えるほど落ち着いていた。私にとって分岐点であるこの時間も、彼女にとっては何も特別なことではないと言うことがよく分かる。

「アラバスタで、私はちゃんとロビンの話聞いたよ」
「‥そうだったわね」
「死んじゃう前に、これだけ言わせて」
「‥何かしら」

お世辞にも交渉術が上手いとは言えないけれど、結局は耳を貸してしまっている。彼女に繋がる人々は皆、こんな経験しているのだろうか。これを断れる術を持っているのだろうか。

「ワイパーたちの‥空島の遺跡で、私を最初に探してくれたのはロビンだって」
「‥もう、忘れてしまったわ」
「良いの。私がずっと覚えておくから」

先程までの笑顔にさらに笑みを足して、彼女が言う。

「ありがと、ロビン」

私の影を大きく映し出すほど眩い笑顔は、私を引き留めるものではなく、寧ろ背中を押しているように思えた。

「政府と一緒に行くんでしょ?」
「‥ええ、止めても無駄よ」
「ひひ、止めないよ」

‥私は彼女に、止めて欲しかったのだろうか?続くその言葉に、彼女に微塵でも期待していたことを嫌でも自覚させられる。あの船に戻れと言われることを、彼女が手を貸してくれることを少しでも期待していた自分は、結局何がしたいんだろうか。叶わぬ願いをまだ捨てきれないなんて、呆れて笑ってしまう程だ。

「司法の島に行く列車はね、トムさんって言う大好きな船大工さんが弟子と一緒に作ったの。あの列車が出来たら、ニューゲートと乗りにおいでって、一番の特等席を用意してくれるって。」

私には何の関係もない、至極つまらない話。
けれど彼女の話はお構いなしに続いていく。彼女は未だにその列車に乗れていないのだと言った。トムと言う男が生涯をかけて作った列車だけれど、その男を連れて行ったあの列車に乗れば、列車ごと壊してしまいそうで乗れないんだと、寂しそうに笑った。

「その席、ロビンに教えてあげる」

この先の作戦など知らないから、そんな笑顔を向けられるのよ。私のことなど何も知らないから、そんな言葉を吐けるのよ。

「もしまた会えたら、その時は座り心地教えてね」

死んでしまう前にと言うくせに、差し伸べる手もないくせに、もしまた会えたらなんて言わないで。

「簡単に、そんな言葉口にしないで」
「ん?」
「政府と交渉できる材料も、大切なものを守る力も、すべて持ってるあなたには分からないわ!!」
「ひひ、その意気その意気」

声を荒げた私の姿は、さぞ滑稽だったろう。そこまで言うつもりはなかったのに、引き出されたように感情をぶつけていた。そんな私の憤りを、彼女は笑顔で聞いていた。

「ルフィは、ちゃんと受け止めてくれるよ。風に飛ばされないように、真っ直ぐ伝えればね」

かき乱すだけかき乱してひらりと手を振った彼女は、そのまま強風に煽られ、舞うようにその場からいなくなった。


――――

ロビンはルフィの仲間。政府に弱みを握られていただけ。分かってはいるけれど、分かっていてもアイスバーグを撃った事実は変わらない。ロビンを殴ることは簡単だっただろう。ロビンを消すことなんて、おでこを弾くより簡単だ。だけどそれでは、大嫌いな政府に身を差し出してまで一人で戦おうとしているロビンの邪魔をしてしまうことになる。

「私が壊したら、だめ」

ベチンと頬を叩く両手の指先は、握りしめていた拳のせいでじんじんと痺れていた。ロビンは頭がいい。言葉を使うのがとても上手だ。語彙だけなら私の方が沢山持っているけれど、私はそれを自分のものとしては使えない。ロビンは、頭がいい。綺麗に言葉を並べられるし、言葉を選んで使える。だから自分の心の中を隠すのも上手だ。心の中と違うことを言うのも、上手だ。彼女が生きてきた道が、彼女にそう言う術を身につけさせたから。ニューゲートと出会っていなかったら、私もこんな風には生きて来られなかっただろう。

「あ、見っけ」

当初追いかけていたフランキーは、街の屋根の上でシャツを風に靡かせながら、岬をじっと眺めていた。

「何してるの?」
「酒場にいた子だわいな」
「だわいな」
「お前‥何故ここにいる?」
「ひひ、バカの考えてること、見に来た」
「そうかよ」

風に飛ばされないようその剥き出しの足にしがみつけば、私よりも冷たい身体になっていた。数年ぶりに会うフランキーは体中が改造されていて、自分の身体があの船たちみたいに武器で一杯だ。

「パスミーは元気か」
「ちょっと調子が悪くて‥見てもらいに来たの」
「‥そりゃえらい時に来たな」
「でも、フランキーに会えたよ」

顔を見上げれば、ニッと歯を見せて笑ったフランキー。死んだと聞かされていた人が生きていて、その姿をようやく見ることが出来て。ただ嬉しかった。

「アニキに惚れたんだわいな?」
「可愛い子だわいな」
「惚れ‥?」
「ははは、そんなんじゃねえよ!」

そう言ってフランキーは私を肩車すると、あれが見えるかとその岬で船を直している男を指さした。

「アクアラグナの事、知ってるのかな?」
「そんな事はどうでもいいが、あのお兄ちゃんにはやってもらわねえといけねえことがあるんでな」
「やってもらうこと?」

三人は火が付いたように、二億が何だ修理が何だと話をしている。

「さ、行くぞ!」
「わわ、ちょっと!」

フランキーは肩に乗せていた私を樽のように脇に抱えて、アクアラグナを知らないであろう彼の元に足を向けた。それから長鼻坊やと声をかけると、ウソップとメリーを攫って、懐かしいあの、橋の下倉庫へと向かっていった。