旅立ち




 夜も明けきらぬ時間、ヤシオリ島のある浜辺にひっそりと人が集まっている。
小さな船に、日持ちのする食糧や暖を取れるものを積んでいく。
あまり多くの荷物は積めないが、できるだけの物資は持たせたかった。

「万葉さん、これ、船で食べてください」
保存食ではない、今日の分のお弁当として、おにぎりが入った風呂敷を渡す。
「コハル殿の料理を食べられるのがこれで最後と思うと、非常に名残惜しいでござるな……」
「……そんなの、帰ってきた時にいくらでも作りますよ」
 万葉は笑ってはいるが、内心は不安で仕方がない筈なのだ。
コハルも笑ったつもりだったが、うまく笑えていただろうか。

「万葉さん、稲妻にあなたが帰ってこられる日は必ず来ます。その日が来るまで、私達は戦います。だから、だからどうか無事で、必ずまた帰ってきてください」
こんな状況であろうと、稲妻は万葉の故郷だ。
 稲妻を、嫌いになってほしくはない。
まだ少しでも稲妻に希望を持てるうちに、どうか逃げおおせてほしい。
「……ありがとう、コハル殿。拙者も希望を捨てることはない。皆に受けた恩を返さねばならぬ。そのためにも必ず、ここに帰ると約束しよう」
 二人の手が、離される。
抵抗軍の面々に惜しまれながらも激励を受け、万葉は旅立った。



 ゴローの手がコハルの頭の上でぽんぽんと弾む。
子どもをあやすような手つきだ。
「万葉ならきっと大丈夫だ。だから泣くな」
「泣、いて、ないもん」

 稲妻を出れば天領奉行の手はもう届かない。
同時にコハルや抵抗軍の助けの手も万葉には届かなくなってしまう。
 万葉は無数の雷が降り注ぐ、先の見えない海原にたったひとりで漕ぎ出していくのだ。

「俺たちはもう、万葉の無事を祈るしかできないんだな」
「……うん」
 祈るといっても、何に祈ればいいのかすらわからない。
代々続く海祇島の民と違って、かつてこの地に生きていた神に祈ることはない。かといって今まさに反旗を翻している雷電将軍に祈ることなど尚更あり得ない。
 それでも、万葉の無事を願った。




*20231215