再会
名椎の浜で、幕府軍と抵抗軍が睨み合っている。
指名手配されている旅人が抵抗軍にいるという情報を、九条裟羅がどこからか手に入れたのだろう。
その九条裟羅が率いる軍は今集まる抵抗軍より遥かに人数が多い。
やがて両者は真正面からぶつかり合った。
旅人が陣前比武の代表として前に出てきたことでこちらの士気は上がっているが、数多の策をもってしても抵抗軍の方が明らかに不利だった。
九条裟羅の攻撃はここに集まる者たちの中でも特に強力だ。
雷の矢は当たれば暫く動けなくなる。
加えて現在の天候は雨。まともに喰らえば感電反応を起こし大打撃を、更にその隙を突かれれば――戦線離脱まで持っていかれる。
戦場におけるコハルの役割は、他の兵士ほど明確に決まっているわけではない。
あくまで『臨時』であり、連携を前提とした訓練にも参加していない。
負傷者がいればもちろん治療をするが、治療をしている間に襲われたら意味がない。治療が間に合わず、負傷者が増えそうだと判断すれば、一人でも多く敵を倒すよう動くこともある。
そしてこの戦いでコハルがするべき動きは、後者だった。
「……花、綻べ!」
コハルの刀からパッと炎の花が迸り、複数の敵に火の粉が降り注ぐ。
雨粒が起こす蒸発反応で怯んだ敵を見逃したりはしない。
一気に間合いを詰め、刀を振るう。時に不意を突いて思い切り蹴り飛ばしたりして、相手の数を減らしていく。。
人の間を縫って走る。
「天鼓雷音!!」
あまりの乱戦に、雷の力を使い敵を蹴散らしていた旅人もどこを優先すべきかわからなくなっていた。
できれば味方を巻き込む攻撃はしたくない。
「どうしよう! このままじゃ……!」
健闘してはいるが、やはり人数の差が大きすぎる。
抵抗軍側がジリジリと押されていく。
[V:8195]
ガチャンと音を立てて地面へと投げ出された槍に、雨粒が降り注ぐ。
――雨粒が水の泡へと姿を変え、キラキラと輝く。
雲間から光が差す。
戦場に、水の羽衣を纏った少女が舞い降りる。
「……!!珊瑚宮様! 」
その姿を捉えたゴローの声色はそれはそれは嬉しそうだった。
「お待たせしました。私の伏兵たち」
――ひっくり返すなら、今。
「今が、その時です!」
心海の声を合図に、大勢の援軍が駆け付けた。
「傭兵代を、払ってもらえたらいいんだけどな!」
見知らぬ女傑が大剣を豪快に振るい、幕府軍の兵士達を派手に吹き飛ばす。
別の場所では風が巻き起こり、紅葉が舞った。
コハルの目に、かつて別れを告げた万葉の姿が映った。
生きて、帰ってきた。
「――万葉さん!」
風のように戦場を駆け抜ける万葉の姿は誰の目にも捉えることができない。その姿を捉えた時にはもう防ぐことも間に合わない。通った後には黒い鎧の兵士がバタバタと倒れ伏す。
次々と抵抗軍兵士が加勢していく。
海祇島抵抗軍の軍師にして現人神の巫女・珊瑚宮心海。
彼女は敵の士気を殺ぐ最高のタイミングで、盤面を丸ごとひっくり返してみせた。
*
ゴローと旅人とパイモン、この戦いをひっくり返した心海、そして心海に協力する形で現れた女傑と万葉。
これからの動きを六人で話し合い、決めていく。
コハルは怪我人の処置を終えて、やっと一息つくことができた。
「コハルさん、あなたもご苦労さまでした」
「ありがとうございます」
「暫く海祇島には戻っていないでしょう? ここは大丈夫なので、あなたは少し休んでください。旅人さんが海祇島の方に行くことになりました、船が出るまではまだ時間がありますが……」
「では私は一旦休ませていただきますね。心海様もどうか無理をなさらず」
「あなたは相変わらず心配性ですね……」
船が出るまでに空いた少しの時間で、コハルは万葉と話すことができた。
「万葉さん!」
「コハル殿、久しぶりでござるな」
「良かった……! 生きてる……」
「あははっ! この通り、生きて帰ってきた」
稲妻を脱出した後の大荒れの大海原で、万葉は絶体絶命のところを大きな船隊に保護された。皆で作った船は儚くなったということだ。仕方ない。
船長を務めているのが隣にいる女傑・北斗だという。
旅人を稲妻へと送り届けたのもこの死兆星号だ。嵐の中を突っ切ってなお無事でいられる船の強さを感じる。
その巨大な船で幕府軍に気付かれることなく、音もなく忍び寄って不意打ちを成功させたのだから驚きだ。
北斗はあまり船員を巻き込みたくはないからと、ここで万葉を残して一旦離脱するとのことだ。
「ん、あれ、ちょっと背伸びました?」
前に会った時より目線が高い気がする。
「はは、そんな短期間では伸びないでござるよ」
「船の上は大変だからなぁ! 万葉も鍛えられただろ!」
北斗が豪快に笑い飛ばす。
「気持ちが落ち着いて、背筋が伸びたのかもしれぬな…」
万葉はしみじみと呟いた。
「あ、神の目……」
万葉の背に目を向けたコハルは、光を失った神の目が相変わらずその背にあるのを見つけた。
「……残念ながら、まだこの神の目は、拙者と一緒に旅の最中にいるでござるよ」
「そうでしたか……」
「……そうだ、忘れるところであった」
万葉は懐から丁寧に畳まれた風呂敷を取り出した。
「海原の最中も、コハル殿の握り飯に救われた。コハル殿はまことに拙者の恩人でござるな」
そこまで言われると照れてしまう。
「もっとちゃんと温かい料理を出しますから、また薬店に来てくださいね」
コハルは少し俯きながら風呂敷を受け取った。
*20231215