海祇島へ
「では哲平さん、お願いします」
「任せてください! よし、じゃあ出発だ!」
小さな船に乗り込み、ゆっくりと海祇島へ進み出す。
「ふぅ―……たまにはこんなゆったりしたのもいいな!」
怒涛の戦闘の後の緩やかな船旅はパイモンのお気に召したらしい。
「あっ! コハルは何読んでるんだ?」
初対面で「厳しそう」などと言って遠巻きにしていたことをもう忘れたらしいパイモンは、果敢にもコハルに積極的に絡みに行った。
「これですか? 鶯宿薬店秘伝の手帳ですよ」
「どれどれ……」
コハルが見せた古い手帳……らしいボロボロの紙束には薬草の名前や効能が事細かに記されているらしかった。
「う――ん……何が書いてあるかよくわかんないぞ……」
というのも酷い癖字で乱雑に書かれたそれはパイモンには暗号のようにしか見えなかった。
「あはは、お師匠が書いたやつだからわかりにくいでしょう! 私もまだ解読中なんです」
ほら、ともう一冊の手帳が差し出され、要点が比較的見やすくなったページを見ることができた。
「おぉ! これなら……ちょっとはわかる……か?」
「なら良かった」
コハルって、案外親しみやすいタイプなのかな、と感じた。あえて言うことはしないが。
「コハルって案外親しみやすいタイプなんだな!」
パイモンが普通に言った。
「ん? 私そんなに話しかけづらく見えます?」
「初めて会った時はなんかちょっと怖かったぞ……」
「コハルさんは休まない兵士には厳しいからね!」
櫂を漕ぐ哲平も参戦する。
「それにしても熱心だよな! オイラ船に乗ってる時くらいゆっくりしてもいいと思うぞ!」
「ん―――でも帰ったら薬草の採取とか薬の補充とか集計とか村の人への配達とか鍛錬とかあるから……」
「多いな!?えっ、心海に休めって言われてなかったか!?趣味とかの時間は!?」
「しゅみ……? えっと……手帳の解読は……」
「それだって仕事だろ!」
「えっ」
「私もそれは仕事だと思う」
「旅人さんまで!」
コハルの耳がへたりと垂れた。ゴローもだが、耳や尻尾が感情によって動く様は見ていて面白いと思う。
負傷兵営にいた時は仕事モードで、表情がころころと変わる今が本来のコハルなのかもしれない。
(兄妹、そっくりなんだね)
旅人は稲妻を訪れる少し前に、探し続けていた兄が底知れぬ組織の中にいることを知ってしまった。
同じ目的に向かう兄と妹の関係を、少し羨ましく感じた。
海祇島の訓練営の前でコハルは旅人たちと別れた。
旅人は引き続き哲平の案内を受けるらしい。
「もしお疲れなら鶯宿薬店に来てください。泊まる部屋ならありますので。その……抵抗軍は男所帯だから……」
哲平に聞こえないように、コハルは旅人にこっそりと教えてくれた。もう野宿に慣れてるとはいえ、助かる。
「ありがとう。心海との約束があるから、用事が一段落したらお邪魔させてもらうね」
「じゃあなコハル! また後でなー!」
*
[V:8195]
用事をいろいろと済ませた旅人たちが薬店を訪れたのはそれから割と数日も経ってからだった。
旅人とパイモンは夕飯を一緒に食べながら最近起きたことを話してくれた。
なんと旅人は現人神の巫女直々にメカジキ二番隊隊長へと指名されたそうだ。
「すごいですね、大出世じゃないですか!」
「哲平もそう言ってたな、メカジキ二番隊ってそんなにスゴイのか?」
「私はあんまり詳しくないのでよくわからないですけど、伝説の精鋭部隊らしいですね」
メカジキ二番隊の精鋭隊員たちに隊長と認められるためには己の強さを見せなければならない。
そのために旅人は隊員たちを連れていろんな任務を熟し、その甲斐もあって見事隊員たちからすっかり慕われている。その後は隊員たちと海祇島周辺に巣食っていた目障りな浪人の拠点を一網打尽にし、抵抗軍の後方支援はずいぶんと安定したとのことだ。
「そうそう、哲平は新しくニシン一番隊の小隊長に任命されたって言ってたぞ! あいつ初めて会った時は前線に配属されたばっかで大変そうだったのに、いつの間にか隊を任せられるくらい強くなったんだな! 新しい隊服も作ってるっていうし、オイラ、すっごく楽しみだぞ!」
強くなって旅人と肩を並べて戦いたいと意気込んでいた姿を思い出す。
「男の子ってみんなそうなのかもしれないですね。戦いたがりというか、先輩兵士を見てるから余計に憧れるのかも」
「んーでもオイラはちょっと怖いから、できるなら戦わない方がいいな。仲良くできないのは仕方ないかもしれないけど……」
それには旅人も同意した。
戦わずに済むなら是非ともそうしたい。
「……そうですね、戦わないといけないのはわかってますけど。でも、そうも言ってられませんもんね」
明日からは心海からの依頼で、たたら砂近くの島にある物資輸送の中継地点に調査に向かうらしい。
「じゃあ早く寝て、明日に備えないとですね。旅人さんが抵抗軍に加わってから、兵士たちの士気も上がってるし怪我人も減ってるんです」
旅人の戦いぶりを見た兵士が興奮して強くなりたいと言っていた。
「どうか兄を支えてやってください」
*20231215