背中を押す
負傷兵営に万葉が様子を見に来た。
そして最近の旅人の動きや、これからの抵抗軍の動きについても教えてくれた。
旅人は邪眼工場の代表である人物を退けた後、鳴神大社の宮司・八重神子の案で、天領奉行や勘定奉行が隠蔽している不正を、将軍に対する裏切りを暴き、九条裟羅を味方に引き入れようとしているらしい。
そのために中立を保つ社奉行や終末番の力を借りて動いている。
仲間にしようとしているのがあの九条裟羅というのが複雑ではあるが、幕府側の力を弱められるならこれほどの好機はない。
そして抵抗軍は機を見計らって天守閣へと乗り込むために、静かに鳴神島へと近付いている。
「私はここを離れるわけには……」
「わかっておる。報告だけでござるよ」
万葉は何も言わずに外に出て行った。
「…………」
コハルは俯いたまま、動けなかった。
兵士の一人が近付いてくる。
「おい、なんでアンタまだここにいるんだよ」
「え……?」
「楓原さんが伝えに来てただろ。稲妻城に攻め込むんじゃないのかよ」
「でも、私は、ここを離れるわけには、」
「は? 何言ってんだ」
同じことを言おうとするコハルの言葉は遮られた。
「ここにはもう怪我人はいないだろ、アンタが全部治しちまったからな」
「…………!」
そうだ、もう、ここにいるのは、
コハルではどうしようもできない患者だけ。
「あ〜〜だから、アンタ何のために抵抗軍にいるんだよ」
ガシガシと頭を掻き毟る。
「アンタはもうこんなところにいても、ゴロー兄貴の役には立たないだろ!」
「………あ……」
(私が抵抗軍にいるのは……お兄ちゃんを助けたいから)
ひとり、またひとりと、兵士が加勢する。
「そうだぜ!」
「それにコハルさんが来る前は俺たちだけでもどうにかなってたんだぜ! 傷薬だって自分で作ってた時期もあったしな!」
「効くか怪しいやつもあるけどな!」
「……じゃあ私は、もうお払い箱ですね」
「そういうことだ!」
「ここは任せとけ!」
「ではここはお願いします。……あ、言っておきますけど絶対安静ですからね!酒盛りとか煙草とか禁止ですからね!」
「わ、かってるよ! ああもうさっさと行けよ!」
ぶっきらぼうに背中を押す手は少し乱暴だったが、何よりあたたかかった。
負傷兵営を出ると、万葉が壁に背を預けて待っていた。
「覚悟はできたようでござるな」
「万葉さん」
「これより攻め込む稲妻城には……あの雷電将軍がいる……これまで以上に危険な戦いとなろう。できることならばコハル殿を連れていきたくはないのだが……共に来てくれれば非常に心強いとも思っている……」
「大丈夫です。みんなと一緒に行きます」
もう、迷いはなかった。
*202312215