宿った願い



 旅人はひとりで雷電将軍の世界に飛び込んでいってしまった。
他に戦う相手もおらず、引き返すわけにもいかない。
天守閣に乗り込んだ筈の抵抗軍は完全に手持ち無沙汰になってしまっていた。

「……コハル殿、大丈夫でござるか」
「あ……」
 吹き飛ばされた万葉に駆け寄ったはずが、いつの間にか立ち上がれないコハルに万葉が手を貸す形になっていた。
「大丈夫です。万葉さんこそ、体に変化はないですか?」
あんな一撃を受け止めたのだ、何かあってもおかしくない。
「拙者は大丈夫でござるよ」
その手には、再び光を失った神の目があった。
「何かあったらすぐに言うんだぞ」
「ゴローまで、心配しすぎでござるよ、それより今は、」
揃って旅人が消えた場所を見上げる。
 そこには取り残されたパイモンだけが、所在なく佇んでいた。
「パイモンちゃん、大丈夫?」
「コハル! うぅ、オイラは大丈夫だけど……旅人が……雷電将軍は、すっごく強いんだ……旅人を助けたいけど、あんなの、勝てっこない……!」
「落ち着いて、何があったか聞かせてくれる?」



 九条家当主・九条孝行がファデュイと繋がっていることを証明する書類を見て、九条裟羅は激昂した。
雷電将軍を守るため、稲妻の治安を守るため戦ってきた、信じていた己の道義が崩れ去っていくようだった。
義父を問い詰めるが彼は「『無想の一太刀』さえあれば稲妻が他国に敗れることはない」などと宣った。
(将軍様を守る我々が、将軍様を盾にしその背に隠れるというのか!!)
 その後旅人とパイモンが九条裟羅を追いかけて天守閣へと突入した時。そこには稲妻を裏から操り、混乱に陥れようとする――ファデュイ執行官・淑女がいた。
これは正当な外交だと主張し旅人を見下す淑女。
 それに対し、旅人は淑女に御前試合を挑み、雷電将軍がそれを認めたことで自分と同じ土俵に引きずり込むことに成功した。
一筋縄ではいかなかったが、旅人は激闘の末に勝利を掴むことができた。
敗北した淑女は――雷電将軍の一太刀によって――その雷に灼かれた。
 御前試合の勝者である旅人は辛うじて「生きて天守閣を去る」ことを赦された。
その結果が――万葉が受け止めた、あの一太刀だった。

 その後パイモンから語られた話は少し複雑だった。

雷電将軍が影武者を作り、稲妻の民が目にする雷電将軍は精巧に作られた人形なのだとか。
そして本物の雷電将軍――雷電影は、摩耗を防ぐために精神世界『一心浄土』でたったひとり冥想を続けている。
「八重神子は、一心浄土に……心を反映した世界に入って雷電将軍を倒して、雷電将軍の『意志』を変えるしかないって言ってた……」
そして八重神子は言うには、雷電影以外で一心浄土に入ったことがあるのは、後にも先にも旅人のみであると。

「とにかく、今の雷電将軍が自分の世界に旅人しか入れる気がないなら、もう……俺たちには祈ることくらいしかできないな……」
「それでも無いよりマシだ! 外からでも旅人を応援してくれよ!」

 永き時を生きる神からすれば、人の一生などたいした時間ではないのかもしれない。
それでも人にとってはその百年にも満たない時間が一生にあたる。
だからこそ人はその一瞬一瞬を繋いで、今を大切に生きたいと思えるのだ。
 神の目を持っていようがいまいが、人一人の力など微々たるものなのかもしれない。
それでも、その小さな力を撚り集めて、大きな力にすることはできる。
人にだって絶望を乗り越えようとする力があることを信じてほしい。

 どうか、稲妻の民の夢を、進む力を奪わないで

みんなの祈りが旅人に伝わるように
みんなの願いが旅人に力を貸すように
旅人に宿った『意志』が、将軍に届くように強く想った。




『目狩り令』を……廃止して欲しいです!




 一心浄土の暗く淀んだ空に、民から雷電将軍に送られる眼差しが無数の光となって、目映く鏤められた。




*20231215