名も知らぬ青年



 
 薬草を摘みに出かけた先で、宝盗団に囲まれた。
森の中は運が良ければ薬草が豊富だが、人通りの多い道からは離れているためにこういった悪党の溜まり場になりやすい。
「あいにく、しがない薬師の私は値打ちのあるもなど持ってないのですが」
籠に入った薬草が高く売れるとも考えにくい。
「そのお飾りなら、大人しく渡せば痛い目見ずに済むぜ」
腰に差した、刀を指差される。
「…………はぁ」
ため息を吐きながら立ち上がる。
 女だからか、獣人だからか、どうもこの手の奴らには下に見られがちだという自覚はある。
(薬師が戦えないと、本気で思っているのか)
相手にするのも面倒だが、大人しく逃してくれる気もなさそうだ。
 籠を一旦降ろし刀に手をかけると、先頭にいた男が下品に笑った。
「ハッ!女が一丁前に戦おうってか!」
(油断しているうちに、一撃入れる――!)
姿勢を低くし、強く地面を蹴ろうとした。

    *

「……ありがとうございます」
「ははっ良いってことよ」
 そう言って青年はからりと笑った。
コハルは今しがた、宝盗団の連中に絡まれていたのを青年に助けられたところだった。
ガラの悪い男たちを一閃し気絶させていく雷のなんと鮮やかなことか。
分が悪いと知るやコハルを人質に取ろうと手を伸ばしてきた男は直々に投げ飛ばしてしまったが。
「にしても嬢ちゃんも強ぇんだな、俺なんか必要無かったかもな」
「そんなことないです、助かりました。お師匠に貰った大事な刀なので、取られたら困りますから。何かお礼を……したかったんですけど、えっと、今何も持ってなくて」
「ああ、いいってそんなの、そういうつもりで助けたわけじゃねぇし、俺ァただ女子を大勢で囲むような卑怯者が許せねぇだけだ」
いつか言ってみたいセリフだなぁなんて思っていると。
 ぐぅ、ぎゅるる。
どこからか引き絞るような音が聞こえた。
「……お腹、空いてます?」
「……あ―――………」
 恥ずかしさから頬を赤くする青年をよそに、コハルは薬草で埋もれた籠の底からお昼にと持ってきた包みを取り出した。
「あの、おにぎりで良ければ」
「いや、それは嬢ちゃんの飯だろ」
「私は帰ってから食べますから、ちょっとですけど、お礼させてください」
「……いいのか……? 恩に着る……!」
包みを開け、飾り気のないおにぎりをひと口。
「……ッ……!!!久しぶりの飯……! 沁みるな……!」
「何日食べてなかったんですか……?」
やっぱり渡して良かったと思った。

 (……? 血の臭い?)
「あの、どこか、怪我してます?」
「んん? いや別に…」
「嘘だ血の臭いがする、ほらちょっと脱いで!」
「ちょ、待っ!?お前っ」
 おにぎりで片手が塞がっていて抵抗できない青年を無視して袷を開いてみると、脇腹辺りに包帯が巻いてあるのが見えた。
「この傷で動いてたんですか……」
「嬢ちゃんアンタ意外と強引だな……別に何日か前のだし、大したことねーよ」
「……どれだけ治せるか、わからないけど」
「……!」
手を翳し、力を籠める。羽織の下から光る神の目の存在に気付いた男が目を見開いた。
包帯をずらしてみると、滲んでいた血は消え傷の跡が残るのみだった。
「治癒能力持ちか……痛みがなくなった」
「……やっぱり痛かったんだ」
「まあ、多少な? 強くなるためならこんな傷で立ち止まってらんねぇよ」
「駄目ですよ、小さな傷でも放っておいたら、そこから悪化したらどうするんですか」
「わかったわかった、気をつける」
青年はそわそわと袷を直した。

「それよりさっき……刀は師匠に貰ったって言ったか? そいつも剣士なのか?」
「いえ、薬師ですね」
「は?」
「お師匠は、『人を救いたければまず自分が強くあれ』を座右の銘としていて……」
「あぁ……うん……」
「あの、戦場で衛生兵が倒れては元も子もないということであって」
[V:8195]
決してお師匠が筋肉を信仰してるとかそういうことを言いたいのではない。わかってほしい。
「うん、わかるって。強くないと、人を助けるなんてできないよな」
「…………」
その強さに助けられたばかりだった。

「しかし薬師か……もし剣士なら、手合わせ願いたいところだったんだがな」
「お師匠なら別に気にしないと思いますけど」
「本当か!?なら」
「でもお師匠、もういないんです」
「あ……悪ぃ――」
「店を任せて璃月に帰ってしまって……そこにちょうど鎖国令が……」
「……そっかぁ――……そりゃ………手合わせは、うん、無理だな」
「鎖国令が無ければまだ帰ってくる望みはあったんですけどね……」
「そうだな……それは、嬢ちゃんも寂しいだろ」
「もう慣れましたよ。それに兄がたまに様子を見に来てくれるので」
「おぉ、兄さんがいるのか。そりゃ良かった」
 青年は安心したように、屈託なく笑った。
「しっかし、飯貰った上に怪我まで治してもらっちまったな……これはもうこっちがお礼しないとだな……」
「別にいいですよそんなの」
「いやこっちの気が済まねぇ」
「えぇ……めんどくさいなぁ……」
「今めんどくさいっつった?」
「いえ何も」

 結局、次に会うことがあれば、そして青年に余裕があったらお礼をするということで落ち着いた。
運が良ければ偶然再会することもあるだろう、と。

(あ、名前聞くの忘れた……まぁいいか)




*20231215