風の宿り
ザァザァと叩きつけるような雨。
「……これは、しばらく止まないでござるな」
「ですね……」
採集のために他の島に渡ったコハルと、それに付き合う形になった万葉は、飛び込んだ洞窟の中で途方に暮れていた。
天気の変化にも敏感な万葉のおかげで大して濡れずに済んだが、雨足が強まる一方だった。小さな洞窟のため、残念だが火を起こすことはできなかった。
「すみません……こんなことになってしまって……」
「なに、旅をしていればよくあることでござる。慣れているゆえ、気にすることはない」
「万葉さんは寒くはないですか? 風邪をひいたら大変……」
コハルは今でも万葉の体調を気にかけてくる。初めて会った時に患者であったことが、コハルの中でいつまでも後を引いているようで、万葉は少しだけ可笑しくなった。
「拙者は平気だが……むしろコハル殿の方こそ……」
肩と背中が丸出しでござる、などと稲妻男子としてそのようなことは決して口に出すことはしないが。万葉としては己より圧倒的に薄着なコハルの方が心配になる。
「私も大丈夫です。本降りになる前に雨宿りできて良かったです」
会話が途切れ、二人は揃って洞窟の外を眺めた。
遠くから聞こえるゴロゴロと地響きのような音に混じって、隣から小さく息を飲む音がした。
「コハル殿?」
見ると、コハルは耳を押さえていた。
「コハル殿は……雷が苦手であったか……」
コハルは手を離したが、その耳はペタリと寝かせられたままだった。尻尾は体の傍に小さく丸まっている。
耳や尻尾が自在に動かせるのは不思議だと思う。実のところ無意識に動いてしまうことの方が多いらしいが。
「すまぬ……拙者がもっと早く気付けていれば、」
「違うんです、別に苦手じゃ……」
「しかし……」
「苦手じゃ……なかったんです……」
「前は平気だったんです、私は、患者さんを不安にさせたらいけないから、雷なんて怖くないって」
『かみなりこわいよぉ』
『大丈夫、ここまでは来ないから大丈夫』
『ほんと?』
『ホントホント! すぐ行っちゃうから!』
遊びに来た子どもが雷を怖がっていたら、そうやって元気づけるのがコハルの役目だった。
『鶯宿薬店のコハル』は強くなきゃいけなかったから。
「でも、万葉さんや、旅人さんや、大切な人がいっぱいできて……頼ってもいいんだって思ったら」
急に自分が弱くなった気がしたのだ。
「……ごめんなさい、急に弱音なんて」
「寒いと余計に不安になるものでござる。やはり拙者の着物を貸そう」
「え、それじゃ万葉さんが寒いじゃないですか」
「音を防ぐことはできぬが、気休めにはなろう」
バサリと頭から着物をかけられる。
雨の音がくぐもり、暖かさに包まれる。
「ありがとう、ございます。……ふふ、ちょっと落ち着きました」
「うむ。女子(おなご)が肌を冷やすべきではない」
「いえ、それは万葉さんも一緒です。私は体温高いですから、えぇと、」
コハルはキッパリと言い切って着物を返そうとしたが、万葉が受け入れそうにない。ならば。
「じゃああの、一緒に入って、くっついてもいいですか……? そっちの方が、もっとあったかいし、私も落ち着きます」
「……コハル殿が良いなら……」
座っている位置を少し詰めて、キュッと寄り合って、一緒に万葉の着物を羽織る。
「……確かに、あたたかいでござるな」
コハルの体温が高めなのは本当だ。それが本人の体質なのか獣人ゆえのものなのか、はたまた炎の神の目を持つからなのかはわからないが。
(…………)
コハルは万葉の体温に触れて、ひどく安心した。
万葉と初めて会ったのは、指名手配されていた彼が抵抗軍に助けられて鶯宿薬店に預けられた時。
その時万葉は怪我と冷えによる風邪と、過酷な逃亡生活によって心身ともにボロボロだった。
それがコハルにとっての第一印象であり、それを忘れることはない。
万葉には元気でいてほしい。
だからたまにこうして元気な姿を見せてくれるのがたまらなく嬉しいのだ。
もうひとつ、絶対に忘れられない一瞬は、天守閣での出来事。
雷電将軍の『無想の一太刀』を、万葉が受け止めた、あの瞬間。
あの時コハルは万葉のすぐ後ろに立っていた。
万葉が、親友の夢に背中を押されて強大な力に立ち向かっていくのを目の前で見た。
何度思い出しても、生きているのが奇跡というくらい不思議で、恐ろしい出来事だった。
コハルはあの時「この人を失いたくない」と強く思った。
雷が怖いのは、きっとそのせいだ。
万葉の体温を強く感じられる。生きている。
(……私、好きなんだ、万葉さんのこと)
会いに来てくれたら嬉しいし、こうして触れているのも嬉しい。離れたくない。
でも万葉には自由でいてほしいから、旅立つのを止めることは絶対にしない。
ずっと一緒にいられるわけではないから、寒さが口実でもいい、今だけは一緒にいたい。
「……あったかいです」
「そうでござるな」
気持ちを自覚したら顔が熱くなってきた気がする。
(どうか万葉さんに、気付かれませんように)
二人は寄り添って、雨が過ぎるのを待った。
*20231215