おにぎりと風呂敷
少しの荷物を持って船に乗り込む。
顔馴染みの船員たちとの挨拶も慣れたものだ。
「今回も世話になる」と告げて見張り台へと上っていく。
ゆっくりと遠ざかっていく稲妻の港を眺めながら感じるのは、故郷を離れる寂しさが少しと、次の目的地への期待。
(大丈夫、またいつでも戻ってこられる)
やがて稲妻が見えなくなると、万葉は自分にそう言い聞かせながら見張り台の床へそっと腰を下ろした。
目を閉じれば風をより身近に感じる。
死兆星号に来た頃は、とても見張りをしているようには見えない万葉を見咎めて船員が叱りつけることもあった。
だが嵐の予兆も敵の接近も万葉が聞き逃したことはなかった。
今はそれが彼のスタイルなのだと誰も何も言ってこない。
風も波も穏やかで、不審な影は見えない。
万葉は傍らに置いた荷物から風呂敷包みを取り出した。
稲妻を離れる時にコハルに持たされたもので、中にはおにぎりがいくつか入っている。
かつて稲妻から逃げ出した時に同じ包みを持たされ、抵抗軍に加勢するために稲妻に帰った時に、風呂敷をコハルに返すことができた。
そしてまた別れる時にはおにぎりを入れた包みを渡される、そんな循環が続いていた。
今回は今回は白胡麻と細かく切った梅干しを混ぜ込んだおにぎりだった。
ひとつ手にとって、頬張る。
かろうじて形を保っている程度に柔らかく握られたおにぎりは、ほろりと崩れる。
(次にこの風呂敷を返すのは、いつになるのだろう)
家を出る時に持ってきた、故郷との唯一の繋がりである己の刀。
そして今や稲妻に帰る理由のひとつとなった、借り物の風呂敷。
嵐の中で沈みそうな小舟の上でも、そのふたつだけは手放さなかった。
「……あっ!?」
最後のおにぎりを手に取った時、風呂敷が風に拐われて手摺の隙間から落ちていった。
慌てて身を乗り出すも間に合わず。
運良く海に落ちることはなく、風呂敷は下にいた船乗りの一人の手によって助けられた。
「なんだこれ……ああ、万葉のか。おーい!万葉!落としたぞ!」
手摺にかけていた足はそのままに、勢いをつけて飛び降りる。
「かたじけない!危うく海に落としてしまうところであった」
「気をつけろよ、……なんだその握り飯」
「あ、これは、……その」
「……まあ、それ食ったら見張りもしっかり頼むぜ!」
「……承知した」
*
急いで見張り台へと戻っていく万葉を、船乗りは眩しそうに見上げた。
正直、万葉がこんなに気さくで話しやすい奴だとは思っていなかった。
保護されたばかりの頃の万葉は寡黙で非常にとっつきにくかったから。
それが今では立派に頼れる仲間のひとりだ。
あの風呂敷が万葉にとって大切なものであることを知っている。
稲妻を出港する時によく持っている包みだが、万葉の持ち物にしては色が彼の趣味ではないなと思っていた。
ある日、稲妻の港で時々見送りに来る少女が万葉に風呂敷包みを渡しているところを見かけて、納得した。
(ははーん……なるほどなるほど……)
照れ臭いのか、誰かに取られることを危惧しているのか、こっそりと見張り台で大切に食べているのだ。
(そんな慌てなくても誰も取らねぇのにな)
万葉の隠しているつもりの事を、みんな割と知ってると言ったらどんな顔をするだろうか。
まだ若い少年のそんな顔を想像してニヤニヤと笑いながら、船乗りは仕事に戻るのだった。
*20250130