青空の下で
ヤシオリ島の、藤兜砦からあまり遠くない川辺にて。
パシャンッと水面が波打ち、魚が軽快に宙を舞った。
「よしっ釣れた!」
「こっちもでござるよ」
川岸では釣り竿を構えた万葉とゴローが笑いあう。
万葉は釣り竿を巧みに動かして、魚を誘うのが上手い。
海に潜って魚を穫ることもあるゴローは魚に警戒させないよう気配を消すのが得意だ。
川底の石を積んで作った簡易的な生け簀はすぐに魚でいっぱいになった。どう料理しようか迷ってしまう量だ。
そんなふたりの姿を、コハルは焚き火の横で微笑ましく眺めていた。
焚き火にはあらかじめ作ってきた汁物の鍋をかけてあり、釣ったばかりの魚は串を刺し、塩を振って火の横へ。
(お兄ちゃんと万葉さんが、楽しそうで良かった)
ゴローは海祇島軍隊の大将として、大勢の兵士たちを束ねる立場である。
兵士からの人望は厚く慕われているが、それゆえに気を遣わなければならない時も多い。普段兵士たちの悩みを聞くような立場だ、海祇島の日常の中で同年代の者と気軽に話す機会などそう無いだろう。
……だからこそ、こうして今一緒にとりとめのない会話をしながら釣りをしている姿が貴重に思えるのだ。
出会ったきっかけは指名手配され追われている万葉をゴローが助けるというものだったが、その後は良き友人としての関係を続けている。
きっと万葉には自分たちの知らない交友関係がたくさんあるのだろうけど。
「……ふたりとも、そろそろ休みませんか? そろそろお魚も焼けますし」
「そうだな! 少し休憩するか!」
焼きたての魚に齧りつくと、皮がパリリと弾けて熱々の湯気が舞い上がる。
ふっくらと焼き上がった身はやわらかく、脂が乗っていて、塩を振っただけなのにこんなにもおいしい。
「ん! さすが、焼きたてはうまいな!」
「うむ! とれたて焼きたては良い」
カラリと晴れた青空の下で食べていることが、魚をよりおいしくさせていた。
「煮物もどうぞー」
椀に具をたっぷりと入れ、出汁のきいたつゆを注ぎ入れる。下茹でしてから煮込んだスミレウリと、鶏肉とにんじん、そしてきのこ。
稲妻でも一般的な、紺田煮と呼ばれる煮物である。
「これもうまいでござるな」
「きのこの出汁がいいな、これ。どこのきのこだ?」
入っている肉厚のきのこが非常においしい。煮物もいいけど焼いて醤油を数滴かけて食べてもおいしいのではないか。きのこの旨味と香りそのものを味わいたい。
「このきのこ、紺田村で買ったんですけど、すごい美味しいんですよ! 干して保存もできますし、いっぱい買っちゃいました!」
万葉は死兆星号への土産に買っていこうと決めた。
(しかし、酒飲み達が余計に煩くなってしまうかもしれぬな……)
万葉は船内では酒を飲ませてもらえないのに。
「なんでも離島で売ってる新しい肥料を試したら大繁殖したみたいで……」
「ああ、スメールの肥料なら海祇島でも試してみてはいるが……うちもそれくらい上手くいけばいいが……なるほどきのこか。紺田さんに使い方のコツを訊いてみようか」
おいしいきのこの紺田煮を食べながら、海祇島の作物が育ちにくい土壌について思いを馳せていた時だった。
遠くの草むらがカサリと蠢いた。
「―――……」
視線は動かさないまま、ゴローとコハルの犬耳だけがピクリと音の方を向く。
万葉も自然の音を聞き分ける力はお手の物だ。
――何かいる。
それぞれ自分の武器はすぐ近くにある。
茂みから出てくるのが敵であったなら、すぐにでも戦闘態勢に入れるようにと三人は視線だけで動くタイミングを計る。
「……お魚の……におい〜〜〜!!」
飛び出してきたのは『猫のような顔をした箱』だった。
「――綺良々さん!」
見覚えのある姿に三人は肩の力を抜いた。
『箱』はポンと煙をあげると瞬く間に人の形に変化する。
綺良々。鳴神島にある配達会社『狛荷屋』の優秀な配達員である。猫又の妖怪であり、二本の尻尾やレッグウォーマーから飛び出すふわふわの猫の足が、彼女が人間ではないことを示している。
今も配達中なのか、手には小さめだが箱が三つも積み上がっている。
『箱』は素早く荷物を届けるための綺良々の配達形態だ。
「綺良々殿であったか」
「今日も配達か? 毎日忙しいな」
狛荷屋には三人ともお世話になっているため、綺良々ともよく顔を合わせている。
「えっへへ! 大事なお仕事ですから!」
万葉とは別の意味でどんな国でも行く綺良々。誠実で安全で確実に届く稲妻一の名物配達員。毎日忙しいが人間社会に溶け込む綺良々には天職だろう。
「皆さんはお揃いでごはんですか?」
「ああ、たまたま休みが取れたからな」
「いいですねぇ外で食べるのは気持ちいいですもんね!」
……と話しながらも、綺良々の意識は別の方向に行っているように見える。
具体的には、生け簀の中の魚に――
「よかったら綺良々さんもお魚食べませんか?」
「いいん、ですか……!?」
綺良々の顔がパァァァと明るくなった。
「万葉さんと兄がたくさん釣ってくれましたからね! あ、配達に遅れちゃうとかでなければ……」
「食べます! 食べたいです!」
「どうしましょうか、焼きますか?」
「えぇと、どっちかというと生の方が……」
「じゃあ捌きますね!」
「えっあっ、はい……」
コハルは持ってきた包丁でテキパキと魚を捌き始めた。
「えへへ、いただきまーす!」
……綺良々としては生魚をそのまま渡されても構わないのだが、人間社会に馴染むためには生魚丸かじりはやらない方がいいのだと思い直し、黙っておいた。
「煮物も食べますか?」
「えっと……じゃあちょっとだけ……」
綺良々が熱々の食べ物を苦手とすることをコハルは知っていたので、少し冷めてきた煮物を敢えて温め直さずに渡すことにした。
荷物を届けてもらったついでに、時々一緒にごはんを食べたりするのだ。
「はぁ〜〜おいしい〜〜! 元気が出る〜!」
まだ配達は残っているが、俄然やる気が出るものだ。
⋆
そろそろ片付け始めようか、という時に背後から何人もの気配を感じた。
綺良々の時と同じように知り合いだったら良かったのだが、そうもいかないらしい。
なんというかあまり良くない、雑な気配がするのだ。そしてここにいる四人はそういった気配には敏感な方だった。
「……コハル殿、綺良々殿、拙者の後ろに」
そこにいたのは、テイワットのあちこちで盗みや強請をしている破落戸の集まり、宝盗団だ。
男たちはニヤニヤと下卑た笑顔を浮かべながら金目の物を奪おうと近付いて――ゴローが動いた。
ズドドドン!!!
先頭の男の足元を遮るように金色の岩元素の矢が突き刺さる。
「それ以上近付けば撃つ!」
「なんだとこの……ッ!?」
次の瞬間、後方の男が投げようとしていた元素瓶がゴローによって撃ち落とされていた。
「ガキ共め……!!」
その間を万葉が走る。うまく動けずにいる宝盗団の中心でグンと高く跳躍する。
「風の――……」
ズズ、と足が引き摺られるような感覚、いや、体ごと動いて、次の瞬間何人もの体が風に煽られて舞い上がる。
「うわ、…わぁ!?」
体勢を崩した敵に向かって、万葉に下がっていろと言われたはずの綺良々とコハルが動く。二人とも敵を前にして大人しく守られるような、か弱い女子ではなかった。
敵なんて自分で殴った方がスッキリするし。
「お荷物ですぅ」
綺良々が特注配送箱を投げ込み、かわいらしい猫の形をした「ニャルダモン」をいくつも召喚する。荷物が宝盗団に狙われることはよくあるので、そういった反撃手段が用意されているのだ。
ニャルダモンは万葉の風で敵と共に舞い上がり、炸裂して草元素を巻き散らす。
「咲溢っ!」
コハルが投げ込んだ小さな炎の花がニャルダモンの草元素と燃焼反応を起こし、そこへ上から風元素を纏って万葉が飛び降りてくる。
「――赴くままに!」
風で炎が大きく育ち、辺りがブワリと炎に包まれた。
風と炎が収まる頃、倒れ伏す宝盗団の中心で万葉だけが立っていた。
「ん〜〜っ、食後の運動になるかなと思ったけど、大したことなかったなぁ」
綺良々はぐーっと伸びをしながら呟いた。
二本の尻尾がピンと伸びて、しなやかにくるりと巻いた。
ゴローと万葉は宝盗団の荷物を漁り、縄を取り出して手際良く拘束していく。
荷物の中には粗末な服装にそぐわない高価なものがいくつか入っているが、これは盗品だろうか。
「こいつらは天領奉行に引き渡すとして……いや運ぶの大変だし報告だけでいいか」
トレードマークである鴉マークを拝借して、天領奉行に迎えに来てもらうことにする。
「ならば天領奉行は拙者が行こう」
「俺は冒険者協会の方に報告してくる。被害者から依頼が来てるかもしれないからな。先に帰っててくれ」
「じゃあこれで一旦解散ですかね」
万葉は天領奉行に、ゴローは冒険者協会に、綺良々は本来の仕事である配達に、コハルは片付けをしつつ天領奉行が来るまで見張りをすることになった。
宝盗団への対処はもはや慣れっこである。
「コハル殿、ひとりで大丈夫でござるか?」
「大丈夫ですよ。誰かが目を覚ましたらもう一回気絶させてやりますから」
「くれぐれも気をつけるでござるよ」
「万葉さんもお気をつけて!」
⋆
「……ふぅ」
先程まで四人でわいわいやっていたのに、急にひとりになってしまった。
(まったく、この宝盗団め)
楽しい時間の邪魔をした男たちを追加で蹴っ飛ばしてやりたいが、そこは我慢しておく。
鍋を片付けと火の始末をして、生け簀の中の魚は必要な分以外は逃がしてしまおう。
万葉が天領奉行を連れて戻ってきたら、鍋の残りを持って一緒に帰ろう。
万葉がきのこを気に入っていたようだから、干しておいたきのこを使って混ぜごはんを作ったらいいかもしれない。
男たちが目覚めないことを祈りながら、コハルは夕飯の献立を考え始めた。
*20260109