ご褒美のいちご大福




「あれ?あそこにいるのコハルじゃないか?」
 鳴神島の、表通りから少し外れた道の先。
パイモンが示す方を見ると、確かにあの犬耳と尻尾はコハルだった。
「鳴神島にいるなんて珍しいな…? おーい! コハル!」
「え? あ! パイモンちゃん! 旅人さん! お久しぶりです!」
ふたりを見た瞬間、コハルの顔はパッと花が咲くような笑顔になった。
「コハルは買い出しか?」
「買い出しもですけど、今回は大切な使命があって……」
「使命……!?」
コハルは非常に真剣な表情だ。
(こ、心海からの密命、とか……? オイラたちが聞いても大丈夫なのか……!?)

「今から、限定いちご大福を買いに行くんです!」

…………………?
「い……いちご大福……?」
 パイモンは恐る恐る聞き返す。聞き間違いかと思った。

「はい! あの味がもう忘れられなくて……月一回の楽しみなんです! 今日は休み取ってきました!」
「仕事中毒のコハルが休みを取っていちご大福!?」
コハルは趣味が少なかっただけで別に仕事中毒ではなく、最近は仕事以外の楽しみも増えてきている。
海祇島と天領奉行の関係が見直されてからは、休みだって割と自由に取れるのである。





 小さな甘味処の前には既に数人が並んでいて、三人は最後尾についた。
食いしん坊のパイモンが「コハルがわざわざ休み取って買いに来る限定いちご大福……オイラも食べてみたいぞ!」と言い出したのだ。旅人もおいしいものは大好きだから、店先で一緒に食べようという話になったのだ。
甘味処の開店まではまだ時間があるようだ。
「でも毎回買えるわけじゃないよな……用事があったり、忙しかったり……人気だから並んでも買えない時もあるよな?」
「用事がある時はこっちの知り合いに頼んで買ってもらいます」
「ん?知り合い?」
「会ったことありますよね? ほら、康太郎くん……」
「康太郎……?」
旅人とパイモンが初めて稲妻に来たばかりの頃、目狩り令の被害者の調査をしていた時に少しだけ話した、分厚い眼鏡の少年をぼんやりと思い出し――…
「抵抗軍の伝令兵じゃないか! あいつ一応隠密だろ! そんな使い走りにしていいのか!?(小声)」
「彼はそういう何気ない日常の中から、いろんな情報を入手してくれるんですよ(小声)」
『限定のいちご大福を買ってきてほしい』などと書かれた密命を受け取った伝令兵のことを考えると、なんだかとても気の毒な気持ちになった。
「でも月一のご褒美だから自分で買った方が嬉しいですね。作りたての方がおいしいですし!」
「じゃあパシってやるなよ……」
店が開き、列が少しずつ進んでいく。
パイモンはコハルの尻尾がそわそわと揺れているのを見て「よっぽど楽しみなんだな」と旅人と笑いあった。

「はい、まいどあり!」
 無事にいちご大福を買うことができた。ついでに緑茶も三人分頼んだ。
「コハル、目がキラッキラだぞ……!」
コハルに初めて会った時に、休まない兵士たちを叱責している姿を見て「なんか厳しそう」なんて思ったのが遠い昔のようだ。
「近くで座って食べましょ!」
三人は店先にある長椅子に腰を下ろすと、声をそろえた。
「いただきまーす!」

 赤い敷き布、黒い皿の上でふんわりと白い大福がよく映えている。さらりとなめらかな、まろい肌。摘んでみると、ふにゅん、と指が沈む。
「すっごいやわらかいぞ……」
(……パイモンのほっぺみたい……)
壊れ物のようにそうっと両手で持ち上げる。無理に引っ張ったら千切れてしまいそうだ。
この柔らかさはきっと今しか味わえない。時間が経ったら固くなってしまうだろう。
一口頬張ると、雪のように優しい甘みがする。柔らかさと相まって儚さすら感じる。
二口目、あんこの舌触りは濃厚で、真っ赤な苺が見えてきた。
三口目。あんこは甘さ控えめだが、その分中のいちごの甘酸っぱさが際立っていて、互いが互いを邪魔しないどころか引き立て合っている。
絶妙な甘さ加減にほぅと幸せのため息が出てしまう。
「ん〜〜! 一ヶ月頑張って良かったって思える……!」
コハルは幸せそうにいちご大福を堪能している。
「コハルは本当にこのいちご大福が好きなんだね」
「初めて食べた時からこの味が忘れられなくて……」
少し食べたところで緑茶をひと口。緑茶は何か心を落ち着かせる作用がある気がする。
「にっが、いけどおいしいな…!? 大福とよく合うぞ!」
パイモンが緑茶の苦みに一瞬怯んだが、あんこといちごで甘くなった口には不思議と合うのだ。少し濃いめの緑茶といちご大福、交互に食べれば新鮮な感動を何度も体験できる。
繊細な食感や味付けだったり、かと思えば急に濃い味付けになったり。なのに組み合わせて食べるとはじめからふたつでひとつだったかのようにぴったりだったり。
「稲妻の食べ物って、不思議……」



「そういえばゴローはケーキも好きだけど、コハルは稲妻のお菓子派なの?」
「私もケーキは好きですけど、めったに食べられないのでもっと特別な時に食べたいなって思って……月一のご褒美ならこっちの方が気軽でいいんです」
コハル曰く、好きの方向が違うそうだ。
「そうなのか……でもケーキを気軽に食べられないなんてオイラ耐えられないぞ……」
パイモンは恐ろしいものを想像して背中がゾワッとしたが、すぐにパッと顔を上げた。
「そうだ! 今度はオイラ達のオススメを教えてやろうぜ! そんで一緒にケーキも食べようぜ! 友達との食事なら、充分特別だよな?」
「パイモンが食べたいだけでしょ?」
「いいだろ別に! オイラ、コハルと一緒にケーキ食べたいぞ!」
「……ありがとう、パイモンちゃん。じゃあ今度、一緒にケーキ食べましょっか! 友達との特別なケーキ、楽しみだな」
次に会う約束をするのは、どうしてこんなに嬉しいんだろう。



「パイモン、口にあんこがついてるよ」
 旅人は指先でパイモンの口元のあんこを拭うついでに頬をむにっと触ってみた。
「ん……? ほっぺにもついてたか……?」
パイモンのほっぺは大福と同じくらい柔らかかった。



*20260115

うたうまち