ふるーつ寒天
暑い。とても暑い。
畳の上にごろんと手足を投げ出したまま、コハルは天井を見つめている。
(……あっつい……)
近くの木々にくっついている虫の声すら鬱陶しい。
稲妻は夏真っ盛りである。いかに四季を愛する国といえども、夏の暑さは堪えるのだ。
海祇島は海に囲まれ内部も水の豊かな島だからいくぶんか涼しいのかもしれないが。
何事にもやる気が起きない。
(かといって何もしないでいるのも……)
やらなければいけないことはたくさんあるし、それをただ呆けて過ごすのは時間が勿体ない。そうやってだらけた分だけ後で悔やむタイプなのである。自覚はある。
(…………よしっ!)
たっぷり十秒ほど気合を溜めて、コハルは畳から跳ね起きた。
頑張った明日の自分へ、ご褒美を用意しておこう。そうすればこの暑さだってきっと乗り切れるはずだから。
軒下に吊るされた風鈴が、りんと涼やかな音をたてた。
⋆
次の日、心海は暑さと疲労とストレスに負けそうな体を引きずりながら鶯宿薬店――の遥か下にある水場を訪れた。
比較的涼しい『秘密の場所』でエネルギーを回復しても良かったのだが、何故か今日はコハルに呼ばれているのだ。
「心海さま! いらっしゃいませ!」
コハルは暑苦しい防具や袖の無い軽装で、素足を水に浸した姿で待っていた。
「コハル……どうしたのですか、こんなところで」
いつもなら鶯宿薬店でお茶とちょっとしたお菓子を頂きながら、珊瑚宮では吐けない愚痴を吐き出して帰るものなのだが。
「ちょっとあまりに暑くてやる気をなくしてしまったので……」
「ああ……それで、ここなのですね」
心海は辺りを見渡した。
鶯宿薬店がある望瀧村が存在する、崖の下。
そこは珊瑚宮の大きな貝殻によって太陽が遮られ涼しさが保たれている。
滝が齎す水飛沫も流れる水も、夏とは思えないほどにひんやりと冷たい。手を浸すと火照った体を心地よく冷やしてくれる。
「これは……良い穴場ですね……」
「ちょっと辺りのフライムとか倒さないといけないので寛ぐには一仕事必要ですけど」
「危険な場所にひとりで行くのはあまり感心しませんね、コハル」
せめて護衛をつけてください、と零すとコハルは少し気まずそうに笑った。こうやって内緒でサボ……休憩しているのだから、他の人を呼びたくないのはわかるが。
「……それより! せっかくだから涼みましょう! つるっと食べられるものも作ってきたんですよ!」
コハルは立ち上がって水の流れにさらしておいた鍋を持ち上げた。
「昨日寒天を作って、冷やしておいたんですよ」
今注ぎますね、と器や匙を準備し始める。
心海は、少々はしたないかなと思いながら、でもコハル以外は誰もいないなら、と履物と長い靴下を脱ぐと指先から水に入った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
透明な器に盛られているのは、賽の目状に切られた寒天と夕暮れの実、そしてスミレウリの砂糖漬けだ。ミントの葉が端にちょこんと乗っている。
キラキラとしたおやつに、気持ちが晴れていくような気がした。
匙で掬って口へと運ぶ。寒天はつるりと喉を通り抜けて、胸の辺りまでひんやりしてくる。
夕暮れの実は甘酸っぱくて、ちょっと歯応えがある。
スミレウリの砂糖漬けはシャリシャリとした食感で、噛んでいて楽しい。
寒天や砂糖漬けは海祇島でもよくある甘味だったが、こうして解放的な場所で食べるだけで気分は全然違う。
心海はのんびりと辺りを見渡した。
微かな光が水面に反射して、薄暗い岩壁にゆらゆらと波紋を描いている。
パシャンと足で冷たい水を蹴ると、それすらも岩に響いていく。
自然と心が落ち着いていくのを感じる。
新しい秘密基地のようで、少し嬉しい気持ち。
(……でもフライム出るんでしたね……)
仕方ない、今だけの秘密基地。
*20260123