烏有亭で昼食




 久しぶりに会った万葉に誘われた。
「鳴神島の店で食事をせぬか」と。
二つ返事で頷いて、文字通り尻尾を振ってついていったのだ。

 その結果が――
「万葉さん……騙したんですか……!?」
「いや、決して、そのようなことは、……」
「やっほー、コハルさん♪ 今日はよろしく!」
万葉とともにいたのは、天領奉行所属の探偵・鹿ノ院平蔵だった。

「ちょっと事件の参考に、使われていた薬品について訊きたいことがあってね。万葉に相談したら、君がクスリに詳しいってきいて」
「そ、そんな言い方はしてないでござるよ……!?」
「ほら、君ならきっと鼻も利くでしょ?」
「それで素直に協力すると思ってるんですか? 探偵ならペロッと舐めれば成分くらいわかるんじゃないんですか?」
「君なーんか探偵のこと誤解してるね? 現実と娯楽小説の区別もつかないのかな? それとも薬師は作った薬を自分でペロッとしてみたりするのかな?」
「は? そりゃある程度はしますけど…」
「えっ…冗談のつもりだったのに…やるんだ…うわぁ…」
(……仲悪いでござるな……)
 天領奉行の所属であるからといって、平蔵が完全にコハルの敵、というわけではない。
むしろ平蔵は自分の興味や信念に従って本来の仕事である天領奉行からの依頼をのらりくらりと躱してきた男である。なんなら平蔵がちゃんと仕事していたら海祇島も危なかったかもしれないのだ。
まあ平蔵がいくら観光に来たといっても当時戦時中だった海祇島としては警戒するしかないのだが。
コハルとしても別に悪い奴ではないことはわかっているのだ、しかしどうも平蔵はコハルをからかって楽しんでいる節があるので。
加えて探偵としての着眼点やその言動から、『どうにも読めない男』ということで、あんまり関わり合いになりたくないな――という評価だった。



「この薬は眠れない人に、医者の指導の上で期限を定めて少量出したりはしますけど……素人判断で長期摂取……
それも原料の葉を煮出すなんてあまりに危険ですよ……」
 現場から押収された証拠品のニオイから使われた薬品を割り出したり、互いに煽りながらも無事に事件を解決できそうなところまで落ち着いた。

「いや――事件の真相がわかるのは気持ちがいいね! ご協力感謝するよ、コハルさん!」
「……それはどうも、では私たちはこれで」
あとは探偵の仕事だ、コハルは早々に平蔵とサヨナラしたかったのだが。

「ああ待って待って! お礼にご飯でも奢るよ? もともと万葉にご飯食べようって言われて来たんでしょ?」
「万葉さん、あんまりこの人に情報話さないでもらえますか……?」
「す、すまぬ……」
 万葉にとってはコハルも平蔵も大切な友人なのだが、かといって双方が仲良くするのは少々難しいらしい。平蔵はコハルをからかって遊んでいるように見えるが。
「ほら、僕としても借りは返したいし?」
「……わかりました。その辺りはササッと精算しましょう」
コハルとしても渋々ではあるが、奢ってくれるならまぁ…といった感じである。
「よーし決まりだね! 実はもう烏有亭に予約してあるんだ、味は保証するよ!」


 烏有亭といえば、鳴神島で歴史が長い有名な飲食店である。
食事と酒は美味しく、値段もそこまで高くはなく、そして店主の顔が広く、いろんな組織の人間が出入りする。
それでいて客の質もまあまあ悪くはない、落ち着いて飲みたい時に適した店だ。
万葉もよく利用していたから店主と顔見知りであり、海祇島の兵士たちですら給料が入ったら「よっしゃ烏有亭で飲むか!」とわざわざ繰り出して行くこともある。
(もちろん立場を隠しながらではあるが)

コハルは酒は飲まないし、鳴神島に来ることはあれど人が多い大通りを避けていることもあり烏有亭に入ったことはなかった。
「ということは初・烏有亭だね!緊張しなくても大丈夫だよ」
「別に緊張してるわけでは……」
「店主も奥方も気さくな御仁でござるよ」
「だから大丈夫ですってば……」

 店に入ると、店主らしき御仁が「おう、また来たか」と迎えてくれる。
「こんにちは! 岡崎さん!」
「岡崎殿、久しぶりでござるな」
万葉とも昔からの知り合いらしく、「酒は出さんからな」と釘をさしている。
「岡崎さんは飲んでるくせにねー」
「俺はいいんだよ、どうせ料理はしないんだ」
そして注文は奥方に――絵里香に頼んでくれ、と。
「あの人が飲んでるのはいつものことだから、気にしないでね。さて、注文は何にします?」
「絵里香さんの料理はなんでもおいしいからなぁ……あ、唐揚げ定食がおすすめだよ」
「それは平蔵の好みであろう」
 絵里香は注文を聞くと数人の従業員とともにすごい勢いで料理を作り始めた。
厨房に湯気が立ち込め、店内の温度が上がった。従業員がキャベツを千切りにしていく。すごい速度だ。
魚の切り身にササッと粉をつけ、多めの油で揚げ焼きにしていく。千切りキャベツをふんわりと盛り、その横にはカラッと焼けた魚と、にんじんや茄子などの野菜を添える。
最後に大根おろしに長ネギ・砂糖・みりん・醤油で味付けした甘めのタレをたっぷりとかけた。
「はい、お待ちどう様! 揚げ魚定食二人分と、唐揚げ定食です!」
「おぉ……!!」
揚げ魚も唐揚げも全部あつあつ、一番おいしい状態だ。
三人はそれぞれ手を合わせた。
「いただきます!」

 カラリと焼けた魚の衣がタレの水分でとろりと蕩けて、口の中で調和していく。
「あ、おいしい……」
大根おろしと長ネギの辛味も甘めの味付けのおかげでやさしい味になっている。魚に添えられた茄子は油をよく吸って、箸で持ち上げただけで崩れそうなほど柔らかい。
千切りキャベツにかけてもおいしい。何にでも合うタレだ。
(このタレ、家でも真似してみよう……!)
料理の幅が広がりそうだ。
「ふふっおいしそうに食べるね!」
平蔵が唐揚げを頬張りながら笑った。
「ちょっと、見ないでください」
「ボクが連れてきたんだから、反応が気になるのは当然だろう?」
「私は万葉さんと食事に来たんです〜!」
「ほら、おいしい料理なのだから仲良く食べるでござるよ」





(……ホント、君って万葉のこと大好きだよね)
傍から見ても丸わかりだ。いや、万葉だって人の感情の機微には平蔵以上に敏感だ。気付いてないわけがない。
(気付いてるけど、言わないってところかな……まぁ、万葉はあっちこっち旅に出ちゃうからね)
言わないことで、保たれる関係性もあるのだろう。
(それに、敢えて言葉にしないのはお互い様か……進歩があるまで、何年かかるんだか)

探偵ではなく、ひとりの友人として、平蔵は友の幸せを願いつつ、何も言わないことを決めた。



*20260118

うたうまち