幸せのチョコレート




 万葉が久方ぶりに鶯宿薬店を訪れた。
「ナタに行ってきたでござるよ」
ナタ――人と竜が共生する、炎の国だ。
火山と崖に囲まれた、温暖な気候の国。
いろいろな種類の竜の話、大きな首長竜の話。万葉が描いてきた竜の絵を見ながら、稲妻から遠く離れた国の話を聞いていく。まるで物語の中の世界。それが同じ世界の中にあるのだ。

「他にもナタには……カピバラという動物がいて……」
「かぴばら」
「なんとも……面妖な動物でござった……」
 なんでも水辺に住んでいて、こう……ぼー……っとして過ごしているそうだ。
「人に慣れているというより……近づいても気にしないそぶりであった」
鼠の仲間らしいが、コハルが飼っている犬くらいの大きさで、とても鼠には見えない。触ってもそんなに反応がなく、野生の生き物としてどうなんだと万葉も思った。ただ眺めていると不思議と気持ちがほっこりしてくるのだそうで。

 稲妻から遠いだけあって料理も見たことのないものが多く、興味深そうに見ていた万葉にナタの人は料理の歴史や作り方までいろんなことを教えてくれたのだという。
グレインの実をペースト状にして揚げてからソースをかけたグレインチップス、ナタの南にある活火山を表したという大きな火山ケーキ………
コハルはにこにこと万葉のお土産話を聞いていた。あまり稲妻から出ることのないコハルにとって海の向こうの国の話はとても楽しいものだった。
万葉が旅先から送ってくれたシャクギクの花の押し花は、手紙と一緒に大切に箱にしまわれている。

「それで……教えてもらいながら、これを作ってみたのでござる」
 万葉が出してきた箱はリボンで綺麗にラッピングされている。まるでプレゼントのようだ。
「……私に?」
「うむ。コハル殿に」
「………開けてもいいですか?」
「勿論」
おそるおそる、リボンを引っ張って箱を開けると、ふわっと甘い香りが漂ってくる。中にはコロコロと丸く茶色い球体が入っていた。
「えっ……これって……」
「『チョコレート』でござる」
「!!」

 離島や鳴神島のような、外国の流行が伝わるのが早い島では既にケーキと一緒に売られているが、コハルはあまり食べたことがなかった。
教えてもらったところによると、昔は薬や飲み物として使われていた苦いショコアトゥルという植物の種を発酵させた後に乾燥させすり潰し、砂糖や牛乳やいろいろな材料を混ぜて作るらしいが、工程が多過ぎて作るのは非常に難しそうだと感じた。
万葉が作ったものは既に製菓用として作られているチョコレートに生クリームを混ぜて固めトッピングを施した簡易版だが、かといって簡単に作れたかというとそうでもなかった。温度管理によっては舌触りが変わってしまうとのことで大変だったらしい。

「あまりうまくは作れなかったのだが……日頃の礼にと……良ければ受け取ってもらえぬだろうか」
 嬉しさと、喜びと、あったかい気持ちで胸がいっぱいになる。
「ど……どうしよう……そんな貴重なものを……!! か、神棚に……!?」
「コハル殿?」
「そんな、万葉さんが作ってくださったチョコレートなんて、拝むか祀る以外にどうすれば……!?」
「食べ物だから食べる以外に無いが!?」
コハルは混乱している。
「コハル殿のために作ったから、食べてほしいでござる」
「すみません、嬉しくて……えっと、じゃあ………い……いただきます」

 ぱくり、と、口に入れた瞬間から表面がなめらかに蕩けていく。
甘い、甘くて、濃い。これを万葉が作ったのか。

「はぁぁぁぁぁ………」
ほっぺが落ちそうとはこういうことを言うのだろう。
表情まで溶けそうになる。
(あぁ……溶けちゃう……)
どんどんなくなっていってしまい、最後には口の中には甘さの名残だけ残して何も無くなってしまった。
「……甘くて、とってもおいしいです……なんか……幸せですね……」
表情がゆるゆるになるのを堪らえようとするが、どうにもうまくいかなかった。
「……良かった」
万葉はほっと息をついた。


「うぅぅもっと食べたいですけど、勿体ないので……大事に食べます……!」
チョコレートの箱に、大切に蓋をした。


「は〜〜〜……」
(私にも語彙があれば詩集を作ってるところだった……)
 神棚は無いので、仕事机の上に置いて眺めている。
それだけで口元がふにゃふにゃとゆるんでくる。
(もし不治の病にかかったとしても、このチョコレートを食べれば絶対完治する)

一日に一粒ずつ食べたとして、いやそれでは無くなるのが早すぎる。
ならばもう少し間隔を空けて……
万葉は「手作りであまり長く保たないから早めに食べてほしい」と言っていたけれど、全て食べ終わってしまった時のことを考えると、とてつもなく寂しい気持ちになった。
まだ一粒しか食べていないのに。
だって万葉がナタに行ってわざわざ作ってきてくれたチョコレートだから。ナタに行って自分で作ったとしても同じものは手に入らないのだ。

(私、なんだかすごい欲張りになっちゃったなぁ)



*20260124

うたうまち