お兄ちゃんのラーメン屋
「万葉! よく来たな!」
鶯宿薬店の玄関で、コハルではなくゴローがニコニコと出迎えた。
肌寒い外とは反対に、室内は熱気が漂っている。
「お招きいただき、感謝する」
「万葉にもいつか食べてほしかったからな! 俺の渾身の獣骨ラーメンを!」
本日万葉が招かれたのは、非常に不定期開催の『ゴローのラーメン屋』である。
「まだ準備に少しかかるから、万葉は座っててくれ!」
寸胴鍋が火にかけられぐつぐつと音をたてている。
ゴローは木の伸し棒で生地をグイグイと薄く伸ばし、そして大きな包丁で均等に切っていった。
危なげのない慣れた手つきだ。
コハルは大きな塊肉を取り出して贅沢に分厚く切っている。
「よし、茹でるぞ」
ゴローは均等に切った麺を手で纏めて、敢えてギュッと握った上で煮え滾る湯の中に落とした。
しばらくして湯から上げて、水切り振って水気を切り……スープの入った器の中にポチャンと入れた。
続いて次々と具が乗せられ、最後に細く細く切られた小ネギがファサッ……と舞い降りる。
「……お待たせ! 獣骨ラーメンだ!」
ドン!と丼が目の前に置かれた。
キラキラと煌めくスープ、揺らめく麺とめんまの上には脂が艶めくチャーシューにとろりとした濃い色の煮卵。
万葉はまるで宝箱を開けた時のような気持ちになった。
食べるのが勿体ない――などとは思わない。
この宝箱を今すぐ味わわなければ。
箸を手に取り、手を合わせる。
「……いただきます!」
火傷しそうなほど熱い麺を、万葉は一気に啜った。
だって絶対に今がいちばん美味しい。
もっちもちな歯応えのつるつるな不揃い麺に、絡みつく濃厚な獣骨スープが合わさって、口の中に旨味がどんどん溢れてくる。
分厚いチャーシューには、いったい何日かけて用意したのか醤油や出汁の味が濃く染みていて、噛むほどにとろけて消えていく。
こんな贅沢なチャーシューがまだ何枚もあるなんて。
しかもチャーシューから溶け出した味がスープを更に美味しくしている。
煮卵がスープに沈みかけて、半熟の少し先、固まりかけていた黄身が溶け出しかけている。
完全に溶けてしまっては勿体ないと、匙でそっと掬い出す。
この煮卵にも味がしっかり染みているのだ。
口のなかでとろけて広がる黄身、しっかりと固まっている白身だって弾力があっておいしい。 この煮卵、ちょっと次のおにぎりに入れてほしい。
もしくはこの煮卵を食べながら酒を飲みたい。
そんないろんな旨味が溶け出したスープを改めて掬って飲んだ。もう幸せすぎる。
麺、チャーシュー、煮卵、めんま、スープ。何度繰り返しても飽きない。それらが減っていく姿に哀愁すら感じる。
落ちてくる横髪を払って耳にかけ、万葉はラーメンを夢中で食べた。
ゴローとコハルはそれぞれラーメンを作ってのんびり食べていた。
万葉があんまりおいしそうに食べるから、見てて嬉しい。
兄妹で「万葉に美味しいラーメン食べさせて驚かせよう!」と目標を定めて丁寧に作った甲斐があったと思える。
最後の一滴まで飲み切って、万葉は熱に浮かされたように息を吐いた。額に浮いた汗を手の甲でそっと拭う。
「ゴローは将来ラーメン屋台をするべきでござるな……」
ふわふわと温かい思考の中で、ゴローが屋台を出している姿を思い浮かべる。
紺地の布に白い文字で『らぁめんゴロー』と書かれた暖簾の周りには客が行列を作っていて、評判の良い人気のラーメン屋になるのだ。
「はははっ! 嬉しいことを言ってくれるな!」
ゴローは照れたように笑いながら、冷たい水の入った水を手渡した。
稲妻幕府と海祇島の抗争さえなければ、そんな未来があったかもしれない。――否、これは今を生きる人間が生まれるより遥か昔から、それも何千年も前から存在する根強い問題だ、簡単に「抗争さえなければ」などと言ってはいけない。
ゴローだって兵士としてこの問題に向き合ってきたのだ。
火照った体を冷たい水で潤しながら、万葉の思考もだんだん冷静になってくる。
「……だが、たまにしか食べられない貴重なものだからこそ、ここで食べるからこそ、こんなに美味しいのであろうな……」
「そうだな、それに屋台じゃこんなに手間をかけたラーメンは作れないだろうしな!」
そうだ、このラーメンはゴローとコハルが貴重な休みを利用して何日も手間暇かけて準備して作ったものだ。
それも『今回は万葉のためだけに』作ってくれたもので。
「……そう考えるとこの味は拙者だけが知っておきたいが……だがこんなにも美味しいのだか他の者にも食べてほしい気持ちでもある……」
こんなことで悩みを抱えることになるとは思わなかった。
「次から海祇島に来る時は、良い肉を買っていこう……たまにで良いからゴローのラーメンを食べたい」
ふたりはキョトンと万葉を見た後、よく似た顔で笑った。
あの大人な万葉の口からそんな言葉が出てくるなんて!
「次に作る時も是非来てくれ!」
「うむ、拙者に手伝えることがあったら何でも言ってほしい」
だからその時は海祇島が何事もなく、ゴローとコハルが暇になりますように。
*20260112