空の神の目




 熱はまだあまり下がっていない。
薬店で暮らしていく中で、万葉はコハルに関するいろいろなことを知った。
この薬店にはコハルの師匠である男性がいたが、鎖国令より前に璃月に帰っていること。以来コハルがこの店を管理していること。
名椎の浜で万葉を助けた少年――ゴローが、コハルの兄であること。
コハルは抵抗軍に薬を卸す仕事もしていること。
「彼はコハル殿の兄君でござったか。次に会ったら礼を言わねば」
「元気になったら顔を見せてあげてください。心配してましたから」

 この数日、コハルは隣の部屋で薬の調合をし、一階で客に対応し、具合の悪い物がいれば様子を見に行き、薬の材料の採取に外に出かけ……という日常を繰り返している。
今は万葉の看病も加わって大変忙しく過ごしていた。
早朝には薬店の庭で素振りをしているのが窓から見えた。
(……いつ寝ているのであろう……)
 出かける時には部屋の外に黒い犬が待機していて、何かあったら呼びに行くよう躾けられているらしい。
それが今は見張りなのか万葉に寄り添っている。
「お主の主人は多忙でござるな……」
ふわふわとした温もりを感じながら、万葉は犬に向かって話しかけた。

 一度、万葉も素振りをしようと部屋に置いてある木刀を借りても良いか尋ねたことがある。
その時のコハルは怪訝そうな目で「何を考えているんですか?」と、とても冷たい言葉をかけられた。
治まりかかっていた寒気がぶり返す。
「貴方は熱があるんですよ? 外に出るのもダメに決まってるでしょう! 鍛錬も治ってからです! 寝なさい!」
外出禁止令が出された上に布団に転がされた。
今思えば熱がある時に木刀を振ろうなど馬鹿なことを考えていたと思う。
(コハル殿が怒るのも当然でござるな……)

 コハルの心配は続く。
傷は殆ど治すことができた。
起きている時に虚ろな目をすることも少なくなった。
だが万葉は休養することに慣れていないのか、熱が少し下がったからといってなにかと動こうとする。
(……焦っているように見える)
元々ひとつの処に留まる性分ではないのだろう。
今は指名手配で追われる身というのもあって、余計に精神的重圧を感じているのかもしれない。
(まだ寝てなさいって、何回言ったかなぁ)

 万葉は少し冷静になった頭で考えた。
(拙者は――これからどうするべきか)
逃げながら、熱に魘されながら、ずっと考えていたことだ。
体調が整えばいずれ薬店を出ることになる。
いかに抵抗軍の本拠地とはいえ、あまり長く迷惑をかけるわけにはいかない。
かといって稲妻に留まることもできない。
(拙者は――これからどうしたいのか)
友人の神の目をぎゅうと握りしめる。
 掌に重度の火傷を負わせるほど熱かった神の目が、今はヒヤリと冷たい。
これからどうすればいいのかがわからない。
自分が今何をしたいのかがわからない。
(……この神の目に、もう一度光を灯せたら……何か変わるだろうか……)
 ぽつりと、小さな願いのようなものが浮かんだ。
この神の目に、もう一度光を、熱を灯したい。
神の目に光を灯して何が変わるのかはわからない。
 わからないが、何かのきっかけのひとつになるかもしれない。

    *

 バキン、ドサドサッと何かが割れる音がして、コハルは二階の部屋に駆け込んだ。
「万葉さん!?どうしたんですか!?」
「……すまぬ……コハル殿……」
部屋に積んでいた木箱の一部が壊れ、中に入っていた書籍が散乱している。
「少し実験をしようとして……」
「それより怪我は」
「大丈夫でござる」
 布団の上に座る万葉の両手にはそれぞれ神の目がひとつずつ握られていた。
とりあえず散らばった木箱の破片と書籍を片付け、実験の内容を聞いてみることにした。
「それで、何をしようとしてたんですか」
「コハル殿は、」
「?はい」
「光を失った神の目にもう一度光らせることは可能だと思うか?」
「え?……うーん……どうでしょう……」
正直考えたこともなかった。神の目を持つ者自体少ないのだ。光を失った状態の神の目でさえ実物を目にしたのはこれが初めてだ。
「……先程は神の目による力を当ててみたら何か起きないかと試していたのだが……失敗してしまった」
万葉の操る風の力は、本人が思っていたより強く放出されてしまったらしい。
「やるなら元気な時に、外でやった方がいいですね」
「まことに申し訳ない……」
「ところでそちらの神の目に変化はあったんですか?」
「特に何も起こってはいない……」
「炎の神の目の力、当ててみますか?」
コハルは帯につけていた神の目を持ち上げて見せる。
「……良いのでござるか?」
「実験は条件を変えて回数を重ねるものですよ」
 ――結果として、コハルが炎の力を当ててみても何も起きなかった。
「望瀧村に避難してる人たちにも今度頼んでみましょうか……抵抗軍にも何人かいるはずなので……」
「その中に、雷の神の目を持つ者はいるでござるか?」
「望瀧村の人は把握してませんが、抵抗軍にはいませんね。……ということはその神の目の持ち主は……」
「うむ、雷の神の目を持っていた」
 万葉はかつて一緒に旅をしていたという、親友について話してくれた。
そしてその親友が、御前試合の末に雷電将軍によって葬られたことも。
「――………」
「拙者は……稲妻を出たら、主を失った神の目を再び光らせた者がいるかどうか、探してみようと思う」
「……やりたいことができたなら、喜ばしいことです。協力もできる限りします」
「かたじけない」
「とにかく、まずは体を治すことを考えてください。それからでも遅くはありませんよ」

 それでも万葉が前向きになれるのならできるだけ助けになりたい。これ以上悪い夢を見ないで済むなら。

(傷ついた心までは、私じゃ治せないから)




*20231215