花翼の子どもたちとの話
ナタの永く苦しい戦いが終わった。
全ての部族が一丸となり、『隊長』率いるファデュイの協力を得て、そして炎神・マーヴィカと異邦人『希望(トゥマイニ)』が全てを終わらせた。
何千人もの犠牲を出しての、勝利だった。
犠牲になった人の中にはアディレと仲の良い人もいた。花翼の集には欠かせない医者・クイクも亡くなった。
あの日、アディレも前線で戦っていた。
戦争の中では竜の健康を維持するなどと言っている暇は無かった。
アディレはあくまで竜トリマーであって、できるのは病の予兆を見つけることだけであり、治す力は持っていないのだから。
戦いは終わったが、傷跡は数多く残った。
怪我をした者、心に傷を追った者。
子を亡くした親、親を亡くした子。
それは人も竜も変わらない。
それでも、生きている者たちは前を向いて歩いていく。
「イファ、今日は休みじゃなかったの?」
「あいつらに、持っていってやろうと思ってな」
イファがいろんな材料を買い込んで家に入っていった、という知らせを聞いて訪ねてみれば。
大きなボウルの中の生地を捏ねていた。
貴重な休みだというのにどうして自分から仕事を増やすのか。
「……仕方ないなぁ」
イファがそういう奴だと、アディレは知っている。
ならばやることはひとつだ。
「オーブン、あっためておくから」
「ん、おお、助かる」
そうして大量のクッキーを焼き上げ、粗熱を取り、ふたりと一匹が向かった場所には小さな家がいくつも並んでいた。
「イファお兄ちゃん! カクーク!」
「アディレお姉ちゃん!」
家の前で仕事をしていた子どもたちが駆け寄ってくる。
建てられた家は急拵えではあるが新しい。
住んでいるのは戦争で親を亡くして居場所を失った子どもと竜たちだ。
この小さな家の集まりは、周りの大人たちが支え、生きる術を教えていく、花翼の集の「孤児院」のようなものだった。
花翼の集だけではない、ナタのあちこちにこういった集落があった。
大量の荷物を下ろし、クッキーを配る。
イファが作るクッキーは毎回大人気ですぐに無くなってしまう。
「ほら喧嘩すんな。たくさんあるからゆっくり食べろ」
おやつを食べながら、イファは子どもたちの体調に変化が無いかを調べていく。
アディレは子どもたちと一緒に住む仔竜を一匹一匹撫で回して不調が無いかを見ている。
ついでに竜への接し方も教えたりもする。
「……この子はお腹を撫でられるのが好きみたいね。強すぎず、でも優しすぎると擽ったいから、中間くらいの力で撫でてあげて」
「こ、こう……?」
「そ。いい子いい子って」
「いいこ……いいこ……へへ、気持ちいい?」
仔竜は子どもの顔を見上げて「キュゥ」と鳴いた。
このふたりは、良いパートナーになるだろう。
簡易的な健康チェックが終わればあとは自由時間だ。
子どもでも簡単に作れて日持ちのする料理を教えながら一緒に作ったり。
子どもたちが担う仕事のコツを伝授したり。
カクークに大はしゃぎする子どもたちを宥めたり。
イファが弾くギターに合わせてみんなで賑やかに歌うこともある。
そうしているうちに、お腹いっぱいになって体があたたまった何人かの子どもと仔竜は寄り添って、うとうとと眠ってしまった。
ぬくもりを分け合いながら眠る姿はとてもかわいい。
ギターの音は子守唄のようにゆったりとしたメロディに変わっていた。
「アディレお姉ちゃん、僕が運ぼうか?」
集落のリーダーの少年が、アディレの膝の上で寝ている子どもを示しひっそりと話しかけてくる。
「大丈夫。起きるまでこのままで。君はお昼寝しないの?」
「……僕はいいよ、みんなを見てないといけないもん」
彼もまだ親の元でぬくぬくとしているような年齢なのに、世界は彼らが子どもでいることを許してはくれなかった。
「寝なくてもいいから、座って少し休みなよ。ずっと気を張ってると疲れちゃうから、ね」
「……うん」
親を亡くした人も竜も、互いに寂しさを埋めあって、助け合いながら大人になっていくしかない。
アディレは親を亡くした後も、近くに住んでいた大人たちが助けてくれたし、イファもいたから、ここまで生きてこられた。
同じような境遇の子を助けるのが、ナタに生きる大人の役目だ。
ちら、とギターの余韻を響かせるイファの方を見れば、とても優しい顔でこちらを見ていた。
子どもでいられなくなった子が、せめて僅かでも子どもに戻れる場所があれば。
すぅすぅと穏やかな寝息をたてる子どもの頭を撫でながら、アディレはこの集落の子どもと仔竜たちの、幸せと健康を願った。
⋆20260510