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「黒尾と喧嘩でもした?」

ある日の休日。私がふらっと買い物に出かけた帰り道のこと、偶然夜久と遭遇した。夜久は私に時間はあるか聞き、私にこの後予定がない事を確認すると、少し話をしないかと喫茶店に行く事を提案してきた。
日曜日の夕方、ピークを過ぎたのか店内は人も少なく落ち着いた雰囲気だった。注文を済ませた後、本題と言わんばかりに夜久が口を開く。

『喧嘩はしてない、けど』
「けど?」
『・・・自分の気持ちも、黒尾の考えてることも、よくわからなくなっちゃって』

あの練習試合の一件から、もう二週間ほど経った。私は黒尾への好意を自覚したものの、煮え切らないモヤモヤとした気持ちを抱いていた。そのせいで、私はしばらく黒尾とうまく接する事ができないでいる。うまく接する事ができない、否、私は黒尾を避けている。

今回の黒尾への片想いだけに限らず、夜久には普段から色んな相談に乗ってもらっていたりする。夜久は器の大きい男なのでなんでも親身になって話を聞いてくれる頼れる存在であったため、今回の事についても、黒尾と仲が良いとはいえ本人に告げ口をすることはないという圧倒的な信頼のもと、また、一友人として、話をする事にさして抵抗はなかった。もちろん、黒尾だって頼り甲斐はあるし、黒尾にも色々相談に乗ってもらったりしているが、流石に今回の件については夜久にのみ相談している。


「・・・黒尾って、結構分かりやすいと思うけど」
『・・・』

夜久の言う"分かりやすい"が私には分からなかった。
黒尾の事は好きだ。異性として。それはもう認めていた。
一年の時から居心地の良い付き合いだった。馬鹿みたいな事や子供っぽい事もするけど、思えば黒尾は優しくて、いつも私を助けてくれて、大人っぽく見える見た目とは違った部分がある所が可愛くて、でもバレーをしてる姿はかっこよくて。でも、それに気付いたのは最近だ。クラスメイトも、バレーの試合をよく応援に行っている子も、私の知らない黒尾をいっぱい知っていた。そしたら、私の知っている黒尾が知らない人になってしまったみたいで苦しかった。好意を自覚した瞬間から、黒尾が冗談みたく言う「俺達付き合っちゃう?」とか「俺に惚れちゃった?」とか、彼にとってはきっとなんともない言葉を向けられるのが辛かった。私は彼の事が好きだ。好意こそ最近気付いたものだけれど、彼のその言葉に喜んでいるのも事実だった。けれど、彼には彼女がいるのだ。彼女がいるのだから、そんな彼の冗談なんて本気にしちゃいけない。付き合いたい、なんて思ったところで、言ったところで、彼を困らせるだけだ。でも、彼は何で彼女がいるのにこんな事を言ってくるのだ。舞い上がる気持ちと、浮かれてはいけないという気持ちと、彼には彼女がいるという現実がぐちゃぐちゃに折り混ざって、私は自分がどうしたいのか、彼がどうしてこんな事をするのか、もう何も分からなくなってしまった。
自分の気持ちをうまくまとめられないまま、思っている事をそのまま歯切れ悪くこぼしていく。


『ご、ごめんね、何言ってるか分かんないよね・・・』
「二つ、苗字にお願いしていい?」
『え?』

私の拙い話をただ頷きながら聞いてくれていた夜久は、私が一通り話し終えると口を開いた。

「一つは、多分黒尾からも連絡あると思うけど、来週末、うちで練習試合あるから。それ、観に来てほしい。」

そう言われて、机の上に置いている携帯をチラリと見る。
"来週末、予定ないならあけといて"
"練習試合、観に来て欲しい"
実は昨日、既に黒尾から連絡は来ていた。正直今のモヤモヤした気持ちでは、試合を観に行ったって良いことはない、そう思って返事をどうするか困っていたところだった。

「別に苗字を責めてるわけじゃないんだけどさ、黒尾、しばらく苗字と話せなくて結構寂しがってるっていうか・・・。まあ、黒尾のためじゃなくても、一友人としての俺からの頼みってことで、来てもらえると嬉しいんだけど。」
それに、俺の頼みってことにしたら、少しは来やすくない?と笑う夜久だけれど、私はなかなか返事が出来なかった。

「もう一つは、今まで通り黒尾と接してやってほしい」
大きな瞳で真っ直ぐにこちらを見つめる夜久。
「確かに今の苗字の心境だと難しいかもしんないけど、普通に二人の友達として、俺はこのまま二人がギクシャクしてるのが嫌だって思うし・・・」
黒尾だけ、私だけ、とどちらの肩を持つわけでもなく、私と黒尾のお互いの友人として考えてくれるところに夜久の優しさを感じる。

しばらくの沈黙の後、そろそろ行くか、と伝票を手に夜久は立ち上がり、早々にレジへと向かっていった。慌てて夜久を追いかけるが、追いついた時には既に会計を済ませてしまっていた。誘われたのは私だけど、いっぱい話を聞いてもらったのは私だから、会計は全部私持ちでいいくらいなのに。そう言っても、夜久はお金を受け取ってくれなかった。
「それに、あいつには内緒にしてほしいんだけど・・・高校入ってから今まで・・・てか今も、一度も彼女なんていたことないからさ」
『えっ、それってどういう・・・』
「だから、黒尾と、ちゃんと向き合ってやってほしい。」