ただいまもおかえりも

※会社員、同棲、年下彼氏設定。


「ほんまにごめんて。なぁ、機嫌直してや。」

ごちそうさま、と小さく溢して早々に立ち上がり、食器を洗いにかかる私の後ろを執拗について回る侑。
今日は土曜日。お昼前から二人でお出かけでもしようと話していたのだけれど、時間はもう既に12時を過ぎており、私は全く出かける気分ではなくなってしまっていた。

何故このような状況になってしまったかというと。
昨日、侑の部署は数ヶ月前から取り組んできたプロジェクトが無事成功に終わったということで、仕事終わりに打ち上げをしようという話になったとのこと。侑は隣の部署なので仕事中に忙しそうな姿も見てきていたし、そもそも同棲していて、残業で毎日帰りが遅く疲れた様子を見ているから、よほど侑達が大変な思いをしていたことは知っている。だから、打ち上げに行くのだって快諾できる。けれど。

朝、約束していた時間になっても、何度声をかけても、隣で寝転ぶ侑が起きる気配がない。侑はお酒には強い方だし、二日酔いになるまで飲む事は少ない。このプロジェクトに一生懸命に取り組んできたこととそれが成功したことへの安堵が合わさって一気に疲れが出たのかな、なんて思ったから、ゆっくり休ませてあげてもいいかと思っていた矢先。侑の枕元の携帯が知らせる一通のメッセージが目に入った瞬間、そんな私の思いやりも一気に消え失せることとなる。

"宮先輩、昨日はありがとうございました♡"

侑の後輩。やたら侑にばかり頼っていたり、物理的な距離感を詰めていたり。一目見た瞬間から、『あ、この子は侑の事が好きなんだな』と分かるものだった。
侑自身が言いふらしていることもあり、侑と私が付き合っている事は周知の事実であったけれど、それを知った上でもこの後輩は侑にちょっかいを出している。

侑はやんちゃそうに見えるが、実はとても一途な人間である。実際私も最初侑に告白された時には遊びだろうと思ったし侑にもそう言って断った。私は誠実な人が好きだし、私は遊びで付き合うなんてことは絶対にしたくない。けれど侑が、そんなことはない、俺はほんまに名前さんが好きやねん、と何度も何度も猛烈なアタックをしてきた結果、根負けをしたというか、侑の一途さに絆されたというか、結果私は侑の事を好きになり、付き合って同棲するまでに至っている。実際侑は良い奴だったし、良い彼氏でもあったのだけれど。


「名前さんおはよう。ごめん、今何時?」
『侑、これどういうこと。』

寝惚けた様子で、いつものように私の頬に手を伸ばしやわやわと触って遊ぶ侑だったけれど、私の様子がおかしいことに気付いて飛び起きたのが朝。昨日の帰りが遅かったのは、そういうことですか?



「これは、誤解やって、ほんまに。」


これでもかというくらい侑に大切にされていたら、侑が浮気なんてしないことくらい分かる。それに、侑が「これも名前さんのためや」と関係が悪化しないよう配慮しつつ後輩と関わっていることも知っている。
侑自身、嫌いな人は嫌い、と白黒はっきりした性格ではあるけれど、社会人にもなって自分の好き嫌いだけではやっていけない。ましてや同じ部署の後輩で、現在プロジェクトの成功に向けて一致団結して取り組んでいるところ。「彼氏として名前さんの評価を下げることは絶対にしない」と侑は若干ストレスを溜めながらも頑張ってくれていることは知っている。侑は私のためというけれど、私は侑自身のためでもあると思っているわけだが。
そんな侑のことだから、これもきっと後輩が勝手にやってることで侑に非が無いだろうことはわかっている。わかってはいるけれど、最近仕事で二人の時間が取れていなかったこと、職場で侑に近付く後輩の姿。後輩は所謂可愛いと言われる側の人間。一方の私は可愛いとは反対側にいて、歳だって侑より上で。その後輩からしたら「あんなオバサン」と言われたって何も言い返せない。
入社してすぐ、何でも出来るように見えて色々仕事を教えてくれる先輩の事への気持ちを好意と勘違いしていたっておかしくない。侑は私の事を、年齢関係なく、「可愛い」「好きや」などと言っていっぱい愛情を注いでくれているけれど、顔も良くて仕事も出来ていっぱい可愛い子や若い女の子達が集まってくる侑にいつ「恋愛感情だと勘違いしていた」と言われるか分からない。つまり、不安なのだ。元々侑からのアプローチで付き合った私達だから。でも、今更そんな事言われたって、侑以上に好きになれる人なんていない、私の方が侑の事が好きなんじゃないか、と思うくらいには、私は侑の事を好きになっているから。


「昨日、仕事が終わったのが20時前で、そっからみんなで飲みに行って、一次会が終わったのが確か21時半くらいで、ほんで、せっかくやしもう一軒行くかって、ほんで・・・」
『知ってる。』

だって、侑、いちいち連絡してくれるんだもん。仕事終わった、今から一次会、二次会行こうって話になってるんやけど行ってもええ?、明日起きれるように飲み過ぎんようにする、って。
ずっと背中にかけられていた声を、正面から聞こうとする。振り向くと、侑は少しだけ安心した表情をした。

「起きれんかったのはほんまにごめん。名前さんとの約束覚えてたし楽しみにしてたのもほんま。昨日行ったのは二次会までで、終わってすぐ帰ってきた。二次会は、一次会よりは少人数になって、あの後輩もいたけど、他に男の先輩も女もおった。ほんまに。これ、アイツが勝手に誤解される言い方してるだけやねん。信じられへんかったら、課長に確認してもろてもええから。課長と後輩、同じ電車乗って帰ってん。俺は一人で帰ってきたから。」

なあ、信じてや。泣きそうな顔で私を見つめる侑。一人で不安になって、侑に当たってたのは私で、侑が泣きそうな顔をしてるのもそんな私のせいなんだけど、不安になったこと、歳上なのに情けないこと、不安にさせまいといつもマメに連絡をくれる優しさ、侑から大切にされてるって改めて思うこと・・・色んな感情がごちゃ混ぜになって私まで泣きそうになってきた。


「言い訳になるかもしれんけど、ちょっと残業続きで疲れてたのと、プロジェクト成功して緊張の糸が切れたっぽくて、酒入ったら思ったよりぐっすり寝てしもて・・・今日出来んかったことは、明日でも来週でもいつでも名前さんがやりたい時にやるし、今からでも間に合う事は俺急いで準備するから一緒にしに行かへん?」
『・・・』
「あ、ほら、名前さんが観たいって言ってた映画でもええし、駅前に最近できたお洒落なカフェでもええよ。買い物行きたいならついてくし、」
『やだ』
「えっ・・・ほ、ほんならお家でのんびりする?録画してたドラマの最終回まだ見てへんかったよな?」
『いや』
「えぇ、どないしよ、一人でおりたい?俺しばらく出てこか?」
『やだ』

拒否ばかり述べる私に侑が困っているのが分かる。歳上なのに、困らせてしまってばかりでごめんね。私のことばかり優先して選択肢を出してくる侑の優しさに申し訳なくなって、おずおずと侑の背中に手を回す。
出てくなんて言わないで。今日は、侑と二人でいたい。侑は、そんな私の気持ちを分かってか、ぎゅう、と抱きしめてくれた。

「ほんなら今日は、ずっとぎゅーして過ごそか。」
『・・・やだ』
「えっ、いやなん?うーん、ほんならチューは?」
『・・・』

ぎゅーだけはやだ、と思って拒否すると、次はチューは?という侑の可愛い提案。私の希望を聞くフリして侑がしたいだけでしょ、なんて思いながら黙って侑を見る。まあ、私もそうなんだけど。一方の侑は、沈黙を否定と捉えたのか一人で焦り出していた。

「こ、困ったわぁ・・・名前さんが許してくれそうなこと、もうこれしか思いつかへん・・・」

ちょっと待っとって、と侑が私から離れてリビングを出たかと思うと、あーほんま緊張する、とか、いやでも許してもらえんかもしれん、とか、もっとロマンチックな方がよかったやろか、とかよく分かんない独り言がたくさん聞こえた後、しばらく沈黙が続いてから侑が戻ってきた。

「・・・今日から、宮になるのとか、どうやろ・・・」

侑が差し出してきた小さな箱。その中には、キラキラと眩しいくらいに輝く指輪があった。

『えっ・・・』
「結婚、せん?」

突然のプロポーズに、私は言葉を失う。

「ずっと残業続きでしんどかったけど、遅くに帰ってきても美味しいご飯作って待っとってくれて、おかえりって笑顔で迎えてくれる名前さんがいたから頑張れた。まあ、最初から結婚したいとは思ってたけど・・・。これからも名前さんの待つ家に帰ってきたいし、名前さんの帰りを待ちたい。楽しい事もそうじゃない事も色々あるかもしれんけど、二人で一緒に乗り越えていきたい。」
『侑・・・』
「名前さん、俺と、結婚してください。」

緊張した面持ちで私の返事を待つ侑。
私も、おかえりって言うのも、ただいまって言うのも、好きだよって言うのも、全部、全部、相手は侑がいい。

『私も、侑と結婚したい。』

ぽろぽろと泣きながら侑の手を取ると、侑は勢いよく私に飛びついてきた。

「ハァ〜〜〜!ほんまにほんまに緊張した・・・ごめんな、もっと夜景の綺麗なレストランとか、初めてデートした場所とか、色々考えてたんやけど・・・」

見た目以上に緊張していたらしく、侑の心臓は物凄いスピードで拍動していて、死ぬんじゃないかと心配になった。それを伝えると、名前さんの腕に抱かれて死ねるんなら本望やなあ、なんて力なく笑う。これから先、こんなにだらしなく笑う顔も、たくさん抱きしめてくれる逞しい体も、私を不安にさせないように努める優しさも愛も、全部全部、私だけのものになるんだ。

『ありがとうね、侑。好き、大好き。』
「俺も、ありがとう。めっちゃ好き。大好き。愛してる。ほんまに、ほんまに好き。」

たくさんの愛の言葉をくれる侑は、今まで見てきた侑の中で一番幸せそうに笑っている。きっと、私も、そう。

「名前さんと家族かあ・・・幸せすぎる・・・はよ会社行って全員に報告したいわ・・・」
『その前に家族に言わなくちゃ』
「家族にももちろん報告するで。まあ、うちの家族はもう知っとるけど」
『え!?』
「前から名前さんと結婚するって言ってあるからなあ」

なんということだ。初めて聞くそれに大きく目を見開く。名前さんのご両親に挨拶するん緊張するわ〜、なんて胃をさすっている侑。まあ、かくいう私も、侑の事は家族にそれとなく話をしているし、反対されることはないだろう。むしろ私には勿体ないと大賛成するだろうし、特別心配はしていないけれど。前から家族に言うくらいには、侑のは私の事を好きでいてくれて、結婚したいと思ってくれていたということを知り、嬉しいような恥ずかしいような。

「それに、いい加減あの後輩にもうんざりやねん。さっさと結婚して、俺には名前さんっていう死んでも離さん大好きな奥さんがおるからってみんなに自慢したらんと。」

なあなあ、指輪、嵌め合いっこしよや、なんて子供のようにはしゃぐ侑にされるがままの私に侑が言う。侑は私の左手の薬指に指輪を通すと、また嬉しそうに笑った。

「あと先輩も。」
『え?』

左手を差し出してくる侑の薬指に指輪を通し終えると、突然の報告に私の動作が固まる。うんうん、ええなあ、なんて満足そうに私の指輪と自分のそれを眺める侑。
後輩だけじゃなくて、先輩からもグイグイ来られてたの?でも侑の部署に女の先輩いなかったよね・・・なんて一人で考えてたら、そんな私を見た侑が大きくため息をついた。

「俺ちゃうよ。そっちの部署の眼鏡の先輩。前から名前さんに色目使ってて気に入らんかったんやけど、やーっぱり本人気付いてへんし・・・。俺、困っててん。せやけど、もう誰にも邪魔させへんからな。正真正銘、名前さんは俺のもんや。」

「なんてったって奥さんやもんなあ」「はぁ、もうほんと幸せや」「宮名前かあ、ええなあ」と今度はうっとりとした様子でため息をつく侑。幸せそうな侑を見てたら、侑の部署の後輩のこととか、下心について初めて知った眼鏡の先輩である佐藤さんのこととか、もうどうでも良くなってきた。侑が幸せなら、侑と幸せになれるなら、もう、私はそれだけでいいや。