07

 3年A組に。つまりは、兄のクラスに転入生が来たらしい。
 珍しい。その話を聞いて私はまず、そう思った。
 今はもう5月の半ば。転入してくるには、時期外れだし、大体氷帝は公立の中学校ではない。そうそう、編入生なんてとらない。だから、その転入生は学年が違かろうと、格好の噂の的となった。
 しかも、噂によるとなんでもその子は編入試験を全教科満点で合格という学校初の意味のわからないことを成し遂げ、さらには美少女であるらしい。さらにはさらには、運動神経も抜群らしい。
 転校初日で何故か同じクラスの跡部先輩その他男子テニス部レギュラーと仲良くなり、跡部先輩が直々に男子テニス部のマネージャーに推薦するほど。そしてその転入生は、マネージャーになることを受け入れた。

「正直、困っていますの。ファンクラブの方々を挑発するようなことを」

 優奈は溜息をつくながら学食のエビフライを箸で突つく。
 優奈は苦労性である。テニス部のファンクラブを纏め上げること、それも2年生でそれを成し遂げることは、家の権力があるとは言え並大抵のことではない。
 今までは、優奈の努力によって、どうにかファンクラブの統制がとれていたが、その均衡が、崩れる。

「んー、私は今日放課後会うことになってるんだよね。あと、何だか生徒会の副会長も任されるっていう噂があるんだけど、本当?」
「本当ですのよ。だから、余計ファンクラブの方々は神経質になっているのです」

 人柄はよろしいみたいですけど。明るく、優しい方だと。
 優奈はそう付け足す。どうやら悪い人のわけではないらしい。

 ーー私はあれから。彼等の噂を聞くくらいなら、平気になった。姿を見るのも、声を聞くことも、前よりはマシになった。体が震えることも、なくなった。きっとそれは、この二人のお陰だろう。だけどまだ、彼等と話す、なんてことはできないし、関わらなくていいのなら、関わらない。そんな平穏な毎日を送っていた。
 これから少しずつ平気になっていければいいいけれども。すぐじゃなくていい、少しずつ、少しずつ。

「転入生ー‥美姫(みひめ)愛里紗(ありさ)、だっけ」

 私がその名を口にすれば、二人はうなずいた。
 美姫愛里紗。
 なんとも凄い名前だ。苗字は仕方がないにしろ。なんかこう、言っちゃ悪いが、ゴテゴテしている。

「あ、ほら、来たよ」

 沙梨は食堂の入り口を指差した。
 そこにはおなじみの跡部景吾、忍足侑士、向日岳人、宍戸亮。そして、見知らぬ一人の少女。

「ぁ……」

 私は思わず、小さな声を漏らした。
 確かに、噂通り少女は綺麗だった。美しかった。可愛らしかった。
 大きな目、形の整った眉。小さな口と鼻。漆黒の髪。スラっとした手足。
 でも、何かが違った。まるで少女だけが違う空間にいるような。

 異形、異端、異質、異物、異能、異常。
 そして悟った。直感的に。唐突に。理論的に。
 根拠はない。証拠もない。理由を聞かれても答えることはできない。でも、わかる。私だから、わかる。本能がそう告げる。私とあの人は、同じだから。

 彼女は私と同じく、この世界の人間ではない、と。

「おい愛里紗、俺様の隣に来い」
「何言うてんのや跡部。愛里紗は俺の隣や」
「くそくそくそ! 愛里紗は俺の隣に決まってんだよ」
「もう何なのみんな! あたしは普通にお昼ご飯を食べたいんだけど!」

 私は暫く彼等、いや、彼女を凝視した。そして、思った。

 恐ろしい、と。

「あの人、かぁ」

 美姫愛里紗が異端だとはわからない沙梨はボソッと呟いた。

「一緒に上手くやってけるかな」

 沙梨は不安げな表情をする。大丈夫だよ、なんて気軽には言えなかった。

「もう、あたしに可愛いなんてお世辞言ったって無駄なんだから!」

 少し離れた場所から美姫愛里紗の楽しそうな声が聞こえる。胸が、痛んだ。
 彼女は望んでこの世界にやって来たのだろうか。私とは違って。そうではないかもしれない。けど、彼女はあんなにも幸せそうな表情をしている。ねぇ、どうして貴女はそんなに平気でいられるの?

 妬ましい。羨ましい。悔しい。悲しい。そして、寂しい。

 何故、私はそこまで彼等のことが嫌いだったのか。それは、異端だと知られたくなかったから、というのも一つの理由。
 彼等と関われば関わるほど、きっといつかボロが出る。それを、恐れていた。この世界に、溶け込んでいたかった。だから。

 あの人だって、置かれた立場は私とあまり変わらないのに、あんなに笑ってる。
 自分が異端だと自覚することもなく、異端であることを隠そうともせず、笑ってる。それはもう、幸せそうに。

 それは、何故。

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