04

 私はあれから優奈によって保健室に連れていかれた。大丈夫、と言ったのだがよっぽど顔色が悪かったらしい。先生にベッドで寝ててもいいよ、と言われて私は素直にベッドで横になる。私は目を閉じた。

 前世の頃の記憶は、もう薄れかけている。
 両親の名前は、思い出せる。でも、顔ははっきりとは思い出せない。友達だって、もうすごく仲良かった子の顔しか思い出せない。
 だって私はこちらに来る時、何も持っていなかった。写真も、日記も、手帳も。私が前世で生きていたという証明になる物は、“記憶”しかない。でも、今はそれでさえ薄れかけているーー。
 勿論、それは“テニスの王子様”に関しても同じことで、細かいところは覚えていない。ストーリーも、優勝は青学、くらいしか覚えていない。
 でも、キャラを目の前にすれば、そのキャラの名前は思い出すし、テニスの技とかもうっすらだが思い出せる。いわゆる、言われれば思い出す、といった状態だ。

 私はこちらに何も持ってきていない。前世の私と今の私では、容姿も違うし、名前も違った。
 私は、宮崎舞であって、宮崎舞じゃない。前世は違う。でも今は舞。でも、どちらも私だ。
 前世でのその名前で私を呼んでくれる人はこの世界では、いない。

 ふと、思う。
 もしも“私”という存在がこの世界にいなかったら、宮崎舞という人間は存在していたのだろうか。
 もしも、本当は他に宮崎舞となるべく存在がいて、私がそれを奪ってしまっていて宮崎舞となってしまっているとしたら。
 怖くなった。ゾッとする。
 ありえないことではない。確かめる術もない。でも、もしも本当にそうだとしたらー…

 私は、一人の人間の命を奪ってしまっている。

 そんな事を考えていれば、保健室の電話がプルルル、と鳴った。先生は電話を取り、受話器に向かって暫く喋ると、私に向き直る。

「宮崎さん、ちょっと先生用事ができちゃったから、保健室からいなくなるね。元気になったら教室に戻っていいよ」

 その言葉に、私は黙って頷く。先生はそれを確認すると、保健室から去って行った。


 それから暫くして、あと15分ほどで授業が終わるかという時のことだった。
 体調はおかげで随分と楽になり、そろそろ授業に戻ろうか、いやでもこの時間から受けるのもなあ、と悩み始めた時のこと。
 保健室のドアがガラッと開き、話し声と共に二人の男子が入って来たのがわかった。

「ん? 保健室の先生いねーな」
「ホンマやな。まあ、勝手に手当てしても怒られへんやろ」
「そうだな」

 1人は、お兄ちゃんの声だった。微かに驚きはしたものの、もう1人の声を聞いた途端、そんなことが気にならないくらい眩暈がした。もう1人の関西弁を喋る人はー‥忍足侑士。
 私は思わず耳を塞いだ。そのため布が擦れる音が微かにしてしまう。彼等にその音を聞かれたようで、「ん? 誰かおるん?」と、それも兄ではなく忍足侑士が近づいてきた。
 高鳴る心拍数。やだ。近づいて来ないで。

「あ、おまえさんって」
「舞ッ!?」

 お兄ちゃんはベッドにいるのが私だとわかるよいきなり抱きついてきて、私の肩をブンブンと揺さぶった。

「どうしてこんなところにいるの!? 具合でも悪いの!? 早退する!? ああ、どうしよう忍足! 舞が!」
「だ、大丈夫だよ、お兄ちゃん。ちょっと具合が悪くて、休んでただけだから。もう、教室に戻るところだから……」

 私は笑みを作りながらベッドから出る。
 お兄ちゃんにとって、キャラ達は大事な仲間。そんな仲間を、妹が嫌っていると知ったら、どう思うだろう。
 私は、お兄ちゃんが好きだ。大好きだ。だから、知られてはいけない。隠さなきゃいけない。

「大丈夫」

 私はもう一度自分に言い聞かせるように呟いて、なるべく彼を見ないようにしながらふらつく足どりで保健室を出た。

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