六年ろ組、七松小平太先輩。私は彼が苦手だった。まず声がデカくて五月蝿い。やることがガサツで大雑把、良く言えば大胆。 そりゃあ七松先輩にだって良いところは沢山ある。最上級生なだけあるためか、意外としっかりしていて後輩の面倒見がいいとか、力が有り余ってるほどに実戦を得意としていたり、優しくて、いつでも笑顔で元気一杯とか。良く見るとチョットかっこいいとか……。
だけどそれすらも覆してしまうような、私が七松先輩を苦手とする理由が他にあった。それは彼は私がどこにいようが、何をしていようが、こちらの都合など御構い無しに「いけいけどんどーん!!」という謎の掛け声と共に、有無を言う間も与えてもらえず腕を掴まれた私は彼の全力疾走に巻き込まれるのだ。クソ力の七松先輩に付いていける筈もなく、殆ど引き摺られる形で、だ。
もちろん何度も拒否した。それはもう全力拒否だ、七松先輩の突然の思い付きに巻き込まれては堪らない!我慢の限界に至った私は強く反論してみせた。するとどうだろう。信じられないことに、あのボサボサ頭の太眉の先輩は「まあ、細かいことは気にするな!」と言って、眩しいくらいの笑顔をニッカリと私に向けた後、そのまま私を俵担ぎにし学園中を走り回ったのだ。気にするよ、私の貴重な時間を返して下さい。そもそも私は体育委員会所属ではなく保険委員会(それもくノ一)所属だ。なぜ忍たまの七松先輩に振り回されなければいけないのだ。
*
「おーーーい!!なまえーーー!!どこだーーー!」
ひぃっ、来た!今日こそは絶対に捕まるものか!私は保健室で身体を硬直させたまま息を潜めて、あの暴君がこちらに来ないことをただひたすらに願っている。
「……小平太が君のこと呼んでるけど、いいのかい?」
「しーっ!伊作先輩!馬鹿なこと言わないでください、毎回毎回クソ力の七松先輩に引き摺り回されていたら体が持ちません……!」
「いつも思っていたんですけど、七松先輩ってなまえ先輩を引き摺りまわして何してるんですか?」
「ああ、それ僕も気になってた……」
乱太郎と伏木蔵が興味津々でそう尋ねる。……そういえば七松先輩、私を一通り引き摺り回した後、特に何をするでもなく「なっははは、今日も楽しかったな!!ではまたな!なまえ!!!」と豪快に笑って長屋に戻っていくのだ。……本当に何してるんだあの先輩。それが理解できたら苦労しない。脳みそまで筋肉になってしまってオカシクなっているのではないだろうか?
「何してるんだろうね?ただ引き摺り回して、七松先輩の気が済んだらサヨナラだよ。……新手の拷問かな?馬より七松先輩の方が力ありそうだよね、実際あると思う……。もうやだよぉ……」
項垂れる私を見て、ついにくノ一の保険委員にも不運が……、と一年生組が呟く。
「え……?アレってデートじゃなかったのかい?前に小平太が言ってたから、僕はてっきり……」
「は、デート?」
「見つけたぞーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
スパァン!!!と勢いよく開けられた戸と壁が、みしりと音を立てたのは気のせいじゃないはず。な、な、なな、ななまつセンパイ。
「小平太!保健室では静かに…!」
「スマン伊作!!さあなまえ!!今日も私といけいけドンドーン、だ!!!」
「ひぃええ、いやだよう、いやだよう!伊作先輩たすけてけえッ!」
伊作先輩に縋り付く私の忍び装束の襟を、七松先輩が容赦無く引っ張るので首が締まる。ぐえ、これはもう締まるとかレベルじゃない。首が、千切れる。
ゲホゴホおええ、と顔を赤くして咳き込んでいる私を見た伊作先輩が、私の背中を摩りながら「小平太!」と声を上げた。
「お前はなまえをどうしたいんだ!毎日毎日、流石にやりすぎだよ。」
すると七松先輩はきょとんとした顔をした後「デートだ!」と嬉しそうにニッカリ笑った。
「私はなまえが大好きだからな!毎日会いたいし、同じ時間を過ごしたいのだ!!」
七松先輩が私を好き?
「ま、待ってください、七松先輩、私のこと好きなんですか?」
「ああ!大好きだぞ!!!」
私の手を取り眩しい笑顔でそう言う七松先輩。その大好きって、可愛い後輩だー!とか、弄りがいがある女とか、鍛錬に使える人間が欲しい、だとかそういうのなのでは?
「なっはっはっは!そんなわけないだろう!ちゃんと女として好きだぞ!!なまえには、私の子を産んで欲しいと思っておるのだ!!」
「こっ、こども!?」
「そういう訳で伊作!なまえは返してもらうぞ!!いけいけドンドーン!!!」
私を軽々と抱えた七松先輩は、長屋に向かい廊下を全力疾走し始める。
いいやあああ!助けて善法寺伊作せんぱぁああい……!保健室を出る直前、伊作先輩の唇が『ご愁傷様』と動いて見えたことを私は一生忘れないだろう。