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昼休みとは言わずもがな昼食と休憩のために設けられているのだが、多忙を極める教師たちにそんな悠長な時間はないらしい。そしてそれは彼らの業務を手伝う私も同じだった。
今日は相澤さんと山田さんに小テストの丸つけをして欲しいと頼まれた。これは最早お手伝いと言うより仕事を押し付けられただけのような気もするが、彼らがどれだけ仕事を抱えているかはよく知っているので「私にできることなら!」と快く引き受けた。もちろんお礼を期待した上で、だ。おそらく相澤さんは栄養ドリンク、山田さんはコンビニのお菓子といったところか。栄養ドリンクは全然いらないけれど。
「お腹減った……」
「さっき菓子ぼりぼり食ってたろ」
「クッキーならあるぜ!いる?」
「いる!」
「プリントに零したら……」
「後で頂きます!」
相澤さんの刺すような視線から逃げるように、必死に小テストと睨めっこする。この人の視線は個性である抹消以上の力も持っているのでは?少なくともHPは多少削られている気がする。
悲しいかなクッキーはお預けとなったので、空腹を紛れさせる術を失ってしまった。早くランチラッシュの美味しいご飯が食べたい。昼休みがずれ込むので、混雑に巻き込まれずゆっくりご飯が食べられることはありがたいけれど。自炊はしないのかって?あの綺麗すぎるキッチンを汚したくないので未だあそこに立ったことすらない。言い訳ですどうも。
「そう言えば来週のヒーロー基礎学だが、」
相澤さんがそう言いかけた時、それを遮るようにけたたましく警報が鳴り始めた。突然のことに息が詰まるほど驚いて、その直後「セキュリティ3が突破されました」と避難を促すアナウンスが流れた。
「えっ、なっ……何、!?」
「校舎内に誰かが侵入したようだ。落ち着い、ッ……オイ!」
相澤さんが何かを言い終える前に、忽然と目の前の机が消え去った。それと同時に、支えを失った机上の書類や事務用品が激しい音を立てて床に落ちていく。個性が暴発したのだ。「ひっ」と悲鳴に近い声が漏れ、咄嗟に両手を胸元で握り締めた。
ふいに肩を引き寄せられて、目の前が真っ暗になった。一拍置いて、相澤さんに抱き締められたのだと理解する。彼の胸に頬が当たり、くしゃりと頭を撫でられる。「落ち着け、ここにはヒーローしかいない」心地の良い低音が鼓膜を揺らして、波打つ私の心臓をなだめる。
「……大丈夫か?」
腕の中でこくりと頷けば、すぐに抱擁を解かれ「しっかりしろ」と軽く背中を叩かれた。地味に痛かったけれど、硬直した身体を解すには丁度良かった。
「ミッドナイトさん、みょうじをお願いします」
「分かったわ。おいで、なまえちゃん」
香山さんに背中をさすられながら、様子を見てくると言って職員室を後にする相澤さんと山田さんを見送る。普段とは打って変わって深刻な顔をする2人に、胸がざわざわと騒ぎ立った。
「……敵、ですか?」
「今はなんとも言えないけど……って、何よマスコミじゃない」
「えっ?」
窓の外を見て顔を顰めた彼女に、慌てて私もその視線の先を追う。そこにはカメラを構えた報道陣が群がっていた。ここ連日はオールマイトこと八木さんを狙って張り込んでいたのは知っていたが(というか学校としてもかなり迷惑していたし)、まさか校内にまで侵入してくるだなんて。手段を選ばない彼らを腹立たしく思う。それと同時に、八木さんがどれだけ知名度のある人なのか改めて実感した。そう言えば相澤さんは「天皇の次に有名」とか言っていたような。あながち間違いでもないのだろう。
「マスコミ……?不法侵入じゃないですか」
「あれじゃ敵と変わりないわね。全員眠らせちゃっていいかしら」
「変なこと書かれちゃいますよ」
「はぁ……もう、仕事を増やさないで欲しいわ」
香山さんは、ただでさえ忙しいのに!と文句を飛ばしたのち「これ片付けちゃいましょうか」と私の机のあった場所を指さした。ペンや書類が床に散乱し、中々な惨状となっている。
「仕事増やしてすみません……!!」
「何言ってるの、なまえちゃんは悪くないでしょ。全部アイツらのせいよ」
そう言って落ちた書類を拾い始めた彼女を見て、慌てて片付けに参戦する。というか散らかしたのは私なのだから彼女にやってもらうのも申し訳ない。そう思って遠慮する私に彼女は「いいのいいの」と笑ってくれたので、結局は甘えることにした。
片付けが一段落した頃に、相澤さんと山田さんが帰ってきた。マスコミ対応に苦戦していたらしく、警察が到着してようやく諦めてくれたのだとか。
「これじゃ次は授業にならねぇなー」
「今のうちにご飯食べに行く?今なら食堂空いてるでしょ」
「俺はいいです」
「またゼリー飲料か?たまにはちゃんと飯食えよ」
「ほら行くわよ!」
「……はぁ」
3人の会話を聞きながら、その切り替えの早さに驚く。さっきまでの真面目な顔はどこへやら。相澤さんの表情筋は死んでいるし、山田さんはおちゃらけているし、香山さんも表情が柔らかくなっている。こういう緊急事態にも慣れているんだろうなぁと、プロらしさを垣間見た気がした。「ほら、なまえチャンも!」山田さんに手招きされて、慌てて3人の輪に混ざる。
「でも、敵じゃなくて本当良かったですねぇ」
「……そうだな」
妙な間に少し違和感を覚えたが、マスコミ対応もそれはそれで大変だったのだろうと思うことにした。それから相澤さんが「それにしてもお前は慌てすぎだ」と、ポンと私の頭に手を乗せる。その言葉に先程の失態を思い出して恥ずかしさで顔が熱くなる。「もう、一般人なら普通の反応ですよ!」彼の手を払い除け、熱を誤魔化すようにパタパタと顔を仰いだ。
「まァまァ、あんま虐めてやんなって」
「トラブルの度に暴発されちゃ困るだろ」
山田さんとそんな会話を交わす相澤さんをじとりと睨む。大きな手だったな、思ったより胸板も厚かったし。なんて、どうでもいい事を思い出しながら。
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