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"人を見た目で判断してはいけない"

誰しも一度は聞いた事のある言葉だろう。実際に人との関わりの中でそれを感じることはままある。そうして外見と内面の齟齬に気付く度に相手を見直してみたり、勝手に失望してみたりしながら、この言葉を用いて自分を戒めるのだ。だけど反対に"人は見た目が9割"なんて言う人もいるわけで、ついつい外見からその人となりをイメージしてしまうのは最早仕方の無いことだとも思う。所謂ステレオタイプというやつ。

さて、一体何の話をしているかと言うと、八木さんを前にすると私の脳が途端にバグを起こしてしまうということだ。内面は同じはずなのに、マッスルフォームの時は自尊心高めの目立ちたがり屋に思えるし、トゥルーフォームの時には余裕たっぷりのお茶目な紳士に見える。そう、私はマッスルフォームの八木さんが少し苦手なのだ。どちらも同じ八木さんなのに。

「やっぱりその姿の方がほっとしますね」
「ええ……私はあっちの方がいいんだけどな」
「画風が違いすぎて緊張しちゃうんですよ」

新学期が始まってからというものの、相澤さんは授業の補佐という名目で個性を使用する授業に私を参加させるようになった。ヒーロー基礎学が中心となるので、おかげでこうして八木さんとは2人でお茶をするまでの仲になれた。

ちなみに八木さんと初めて顔を合わせた際、彼はマッスルフォームだった。「あ、私のこと知らない?あ、そっか、そうだよね……いやいいんだ……」と分かりやすくしゅんとしていたのはここだけの話。どうやら「わぁ!!オールマイトだ!!」というのを期待していたらしい。日常的にそんな扱いを受けていればそれも当然だろう。今思い返してもあれは非常に申し訳なかった。

「爆豪くんも八木さんに憧れてヒーローを目指したそうですね。それがどうしてああなるんでしょう?」
「……まぁ、自信があるのはいいことだよ」
「あの子、本当に大丈夫なんですか?こないだの戦闘訓練なんて滅茶苦茶だったでしょ?」
「あれでも冷静さはあるからね。みみっちいというか……」
「賢いんでしょうね。才能マンって呼ばれてましたし。私も彼くらい上手く個性を扱えたらいいのに」

自嘲気味にそう呟けば、ぷつんと会話が途切れた。無言が気まずくてそろりと八木さんに視線をやると「しんどいか?」と気遣うような優しい声を掛けられる。

「しんどいわけじゃないですけど……気持ちが着いていかないんです。使いこなせるようにならなきゃって思うのに、同時にこんな個性いらないとも思っちゃって」
「ははは、無個性の子が聞いたら仰天するね」
「私の中では無個性が普通ですし」
「それもそうだ」

相澤さんの意向で次の段階へと進んだ個性訓練。彼が予想していた通り、私の個性は炎やレーザーといったものまで紙化することができた。問題は手のひらでしか個性が作用しないので、そこから外れると見事に負傷してしまう点だ。何度かリカバリーガールのお世話になったことは言うまでもない。(それに関しては相応に相澤さんを恨んでいる)

他にも色々試して見たところ空気や風などには作用しなかったので、どうやら私の個性は目視できるものだけが対象らしかった。唯一例外だったのは生物だ。水の紙化に成功した数日後、用意されたラットに恐る恐る触れてみたが何度やっても紙に変わることはなかった。

生物を紙化となると流石に倫理に反してくるだろう。これが仮にどこぞのヒーローの個性だったとしても、生物に対しては使わない気がする。少なくとも私には明確な嫌悪感があった。だから出来ないと分かって心底ほっとしたし、相澤さんもどこか安堵の表情を浮かべていたように思う。

「私もそうだけど、雄英の子達ははっきりした目標があるからどこまでも個性と向き合える。君の場合は……そもそも自分の個性に興味がないだろう」
「まぁ……そうですね。便利だなぁ、くらいです」
「良いと思うよ、それで」
「えっ」

八木さんの言葉に、思わず上擦った声が漏れる。例え偶発的なものとは言え、私が授かった能力なのだから私が責任をもつべきだと思っていたのだ。だからこそ彼の言葉は予想外だった。

「もちろん自分の身体の事だから把握しておくに越したことはないけど、使いこなせない人なんてごまんといるんだよ。君だけじゃない」
「……じゃあ相澤さんがあんなに訓練させるのは?自分の身を守れるくらいには使いこなせるようになれって言ってましたけど」
「相澤くんなりの優しさだよ」
「どこがですか!?スパルタ過ぎて鬼にしか思えませんよ!」
「ははは、相澤くんの優しさは分かりにくいからね。考えてもみろ、皆が皆自分のことを守れたらヒーローなんかいらないって話さ。……君、碌に寝れてないだろ?」
「えっ、……えぇ?」

急に話題が切り替わったことに、唐突すぎる質問に、一瞬思考が停止する。彼の言ったことが事実だったから尚更。

「突然環境が変わったんだから仕方ない。色んな事を考えてしまうんだろ。そういう時は忙しくするのが一番さ。もちろん彼のことだから万が一の事も考えているとは思うけど、それが大きな理由じゃない」
「……相澤さんが?えぇ、そんな人ですっけ……」

八木さんの言う通り、特に入試後からは不眠が続いていた。あの日の光景が、この世界に溢れた個性というものがたまらなく恐ろしくなったのだ。そして訓練が厳しくなってからはそんな事を考える余裕もなく、疲れきって泥のように眠る日々が続いていることもまた事実だった。

――――まさか本当に、相澤さんはそこまで考えて?

隠し通せていると思っていたのに、しっかりお見通しだったのか。相澤さんだけでなく、八木さんも、そしてきっと他の先生方も。それを理解した途端、ぶわりと羞恥に襲われた。

「いや、でも……眠れなくなったのも半分は相澤さんのせいなんですけど……あの人が試験会場に私を送り込むから……」
「その理由も君なら分かるだろう?」
「……現実を見せるため」
「その通り。相澤くんは飴と鞭が上手いんだ」
「全部鞭にしか見えませんけど」

八木さんは「じゃあ私が甘やかそうかな」と悪戯に笑って、鞄からチョコレート菓子を取り出した。彼がこうやって時々私に付き合ってくれるのも、ケア的な意味があったのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。思い返せば、八木さんに限らず色んな先生達がことある事に声を掛けてくれていた。

「じゃあコーヒー入れてきますね!」

これからは相澤さんの言うことももう少し素直に聞くようにしよう。人使いが荒いと思っていた彼の意図が分かったから。例えこの2分後に相澤さんが仕事を振ってきたせいで、チョコレートにもコーヒーにもありつけなかったとしても。



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