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マスコミ襲撃から週が明けて、水曜日の午後1時。昼の授業は既に始まっているというのに、私は呑気にバスに揺られていた。ちなみに外出ではなく校内移動である。常々思ってはいたけれど、流石に広さが規格外過ぎやしないだろうか。
「なまえさんって何歳?」
「付き合ってる人いるんですか?あ、もう結婚してたり?」
「スリーサイズは!?」
鼻息荒く挙手した峰田くんを、蛙水さんがその長い舌で間髪入れずに打っ叩く。容赦のない暴力に若干怯みつつ、「あの子もヒーロー志望とは思えない」と峰田くんの株ががくりと下がった。
「お前らうるさいぞ。静かにしろ」
隣に座っている相澤さんがピシャリと皆を諌め、途端に車内が静かになる。お陰で生徒たちからの質問にも答えずに済んだ。だって、ねぇ?年齢とか恋人とか結婚とか、高校生にとっては何でもない質問かもしれないが私にとってはかなりセンシティブな話題である。もちろんスリーサイズなど論外だ。
そして血気盛んな生徒たちがずっと静かにしていられる訳もなく、またコソコソと会話が始まり、そうしてすぐに元の声量へと戻っていった。今度は個性についての話題になり、誰の個性がカッコイイだのプロ向きだのと盛り上がる。
「なまえさんの個性はー?」
ふいに振られた質問に、ちらりと相澤さんを盗み見る。相澤さんは「分かってるな?」とでも言いたげな視線を私に投げた。もちろん、という意を込めてこくりと小さく頷く。
「私無個性なんだ」
そう言った直後「えっ」と誰かの声が漏れて、途端に気まずい空気が車内に流れた。この状況に私が「えっ」と言いたい。そうか、無個性はマイノリティだから多少なりとも社会的弱者の立場にあるのだろう。「大した個性じゃないよー」とかなんとか誤魔化した方が良かったのかもしれない。まぁ今更遅いのだけれど。
しかし車内が静まり返ったのも一瞬のことで、すぐに「ハッ」と誰かの嘲るような笑い声が響いた。
「無個性のババアかよ」
そう吐き捨てたのは、大股を広げ仰け反るように座る爆豪くんだった。というかこんな事を言うのは爆豪くんしかいないので、誰かなんて確認するまでもなかった。「ちょっと爆豪!」と他の子達が咎めるものの、彼は意に返さずと言った様子で蔑むような笑みを浮かべている。
「〜ッ!だれがババア――――いッたあッ!!」
立ち上がろうとしたその瞬間、勢いよく頭をはたかれた。先ほど峰田くんが食らったような容赦のない打撃に、思わず叩かれた箇所を抑えて座席に沈む。
「座れ。生徒に示しがつかんだろ」
「……ハイ」
色々と物申したい気持ちはあるものの、彼の鋭い視線が恐ろしくてただ小さく返事をすることしかできなかった。いや今のは爆豪くんが悪くない?ていうか叩くのはナシじゃない?純粋な暴力だよね?雄英にはパワハラという概念がないのか。日本屈指のヒーロー輩出校のくせに。そんな文句は全て飲み込んで、じんじん痛む頭をさすった。
「今のは爆豪が悪い」「サイテー」と1-Aの子達は非難轟々で、お陰で少しだけ溜飲が下がった。特に上鳴くんの「クソを下水で煮込んだような性格」という秀逸な悪口には拍手を送りたくなったくらいだ。相澤さんが怖いからしないけれど。
そうして爆豪くん弄りで大いに盛り上がったところで、相澤さんの「いい加減にしとけよ」と苛付きをそのまま乗せたような声に再び車内に静寂が訪れたのだった。
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「すっげー!!USJかよ!?」
皆のはしゃぐ姿が微笑ましい。かく言う私もここに初めて来たときは同じような事を思った。スペースヒーロー13号こと黒瀬さんの作った「ウソの災害や事故ルーム」はさながらテーマパークのようで、ここに来ただけでちょっとワクワクしてしまう。災害救助訓練用の施設なので、楽しいだけのテーマパークには程遠いのだけれど。
生徒たちがこの施設を眺め興奮しきっている中、相澤さんがこっそり黒瀬さんに耳打ちする。
「オールマイトは?ここで待ち合わせるはずだが」
「先輩それが……」
黒瀬さん曰く、八木さんは仮眠室で休憩中らしい。なんでも通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったのだとか。「不合理の極みだな」という相澤さんの言葉はまさにその通りなのだが、八木さんらしいというか何と言うか。困っている人を見たら助けずにはいられないのだろう。立派な正義感だとは思うが、今回ばかりは相澤さんの意見に賛同する。
「仕方ない、始めるか」
相澤さんの言葉を合図に、少しだけ空気が引き締まる。皆がどんな授業が始まるのかとわくわくした顔で黒瀬さんを見たのも束の間、始まったのは小言だった。いや、小言とは黒瀬さんが謙遜して言っただけであって、正確には警鐘と言っていいだろう。個性の秘める力、それに伴う危険性――――容易に人を殺せる能力を個々が持っているという事実。
それに戦々恐々している私にとっては今更すぎる話だが、生徒たちは硬い表情でそれを聞いていた。幼少期から個性に慣れ親しんできた彼らにとっては、むしろ忘れがちな事なのかもしれない。例えるなら車みたいなものだ。人を轢き殺してしまうかも、なんて極度の緊張感を常に抱いて運転するのは免許取り立ての時くらいだろう。そうして悲惨な事故があって初めて気付くのだ。自分の扱っていたものがどれだけ危険なものなのか。
"人を殺せる力"をもった黒瀬さんがまるで戒めのように語る内容に、自然と私も気が引き締まった。ヒーローを目指している生徒たちは尚更だろう。
「君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。助けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」
そう締め括る黒瀬さんに、生徒たちが拍手を送った時だった。
「ひとかたまりになって動くな!!」
聞いたことの無いような荒々しい声を上げた相澤さん。彼の奥に見える黒いモヤと、そこから現れる見るからに物騒な人達。「え?」と誰かの漏らした声がやけに耳に響いた。何が起こっているのかなんて、きっとこの時理解していたのは相澤さんと黒瀬さんくらいで。
「あれは敵だ!!」
初めて見る純粋なまでの悪意に、私は呆然と立ちすくむことしか出来なかった。
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