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あまりに突然だった敵による襲撃は、結論から言えば雄英の勝利で幕を閉じた。敵の目的は果たされないまま終わったし、あの場にいた全員が命を落とすことなく帰還できたのだ。しかし手放しで喜べるかと言うと決してそんなことはない。
「もう!なんでそんな無茶をするんですか!!」
「うるさい。病室だぞ静かにしろ」
「両腕粉砕に顔面骨折……緑谷くんのこと言えないくらいボロボロじゃないですか!!」
「あれと一緒にするな。あといい加減黙れ」
臨時休校となったその日、私は相澤さんと黒瀬さんのお見舞いに来ていた。塚内さんから2人の怪我の具合は聞いていたし、それが相当酷いものだとは分かっていたけれど、私の想像していたものより遥かに悲惨な状態だった。相澤さんに至ってはもう怪我人というよりただのミイラじゃないか。それ前見えてるの?息できてるの?
きっと相澤さんも黒瀬さんも、あの場にいた生徒達を守るために身を呈したのだろう。命の危険も顧みずに。教師としてもヒーローとしてもその行動は正しかったのかもしれない。でも、2人にだって無事でいて欲しかった。
「命だけでも助かって良かったです……しばらくはゆっくり休んで……」
「何を言ってるんだ。臨時休校は今日だけだろ、明日は学校行くぞ」
「えっ!?!?」
「声がデカい」
この人は一体何を言っているのだろう。こんなにボロボロの姿で、上体を起こすだけでもかなりの時間を要すというのに。というか何かの拍子に頭でもぶつけでもしたら今度こそ死んじゃうのではないだろうか。それくらいぎりぎりの状態にあるくせに、"明日は学校行くぞ"?
「なっ、え?脳までやられたんですか?今は療養が最優先でしょう」
「怪我が治ったら覚えてろよ……俺の怪我なんてどうだっていい、今は大事な時期なんだ」
「……大事な、?」
「体育祭が迫っている」
「体育祭!?そんなことで無理してどうするんですか!」
「そんなこと?お前は知らないだろうが、雄英体育祭は日本のビッグイベントなんだよ。あいつらの将来にも関わってくる」
こういう時、相澤さんはどこまでもヒーローであり教師なのだと思い知らされる。普段は行き過ぎた合理主義の変人でしかないのに。彼にとっては生徒たちを導くことが全てなのだろう。いつか八木さんが言っていた「相澤くんの優しさは分かりにくいからね」というのも段々分かるようになってきた。自らをも俯瞰の目で見て、全体にとって一番能率的な道を選ぶ人なのだ。それは自己犠牲とはまた別の話。
「……はぁ、どうせ止めても聞かないんでしょ?明日は迎えに来るから1人で行っちゃ駄目ですよ」
「あぁ、助かる」
私に出来ることといえば、彼がやろうとすることの手伝いくらいしかないのだろう。それこそ用務員らしく、ね。
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お見舞いを終え、家へ帰る前に一旦学校へと向かう。臨時休校になったとは言え先生達は対策会議とやらで集まっているので、挨拶くらいはしておこうと思ったのだ。それにセキュリティ強化等で私の仕事も割り振られているかもしれないし、その確認もしておきたかった。家から学校まではほんの少しの距離なので、こういう時非常にありがたい。
そういうわけで、最寄りの駅から学校までの道のりを歩いている時だった。
「……爆豪くん」
いつもの制服姿とは違い、ジャージに身を包んだ彼とばったり遭遇した。どうやらランニング中だったらしく、額に汗を垂らし軽く息を切らしている。走る足を止めじっと探るような視線を向ける彼に、はっとあの件を思い出す。
(……個性、見られたんだった)
どうしてこんな重要なことを今の今まで忘れてしまっていたのか。相澤さんにも報告しなければと思っていたのに、それもすっかり忘れていた。まぁその原因なんて、個性を見られた後にも衝撃的な出来事が連続したからに他ならない。とは言えそんな言い訳をしたら相澤さんに怒られてしまいそうだ。
当の爆豪くんは私を睨み付けるばかりで何も言葉を発しない。いや、彼にとっては睨み付けているつもりはなくこれが普段の表情なのかもしれない。例えそうだったとしても、この無言はどうにも気まずい。適当に挨拶でもしてさっさとこの場を去ろうと口を開きかけると、まるでそれを遮るかのように彼が口火を切った。
「テメー個性持ちだったんか」
「え、……あぁ、まぁ……」
やっぱりその話か、と少しどきりとする。もちろん悪い意味で、だ。"無個性で通せ"と学校から言われているとは言え、見られてしまった以上隠し通すことは無理だろう。上手い言い訳も思い浮かばず、曖昧にではあるが彼の言葉を肯定した。後は彼にこの秘密を漏らさないようにしてもらうしかない。糞下水くん(上鳴くん命名)にそれを期待していいものかは多少不安があるけれども。
なんて悶々と考えていると、爆豪くんの表情がみるみるうちに怒りで歪み始めた。――――えっ、なんで?
「どいつもこいつも馬鹿にしやがって……!」
「ば、馬鹿に?」
「無個性のフリすんのが流行ってんのか?あ゛ぁ?」
ぐっと爆豪くんが迫ってきて、視界が彼で埋めつくされる。わぁ、目が凄い角度に……なんて、そんなことはどうでも良くて。
「いや流行りとか知らないけどさ!私のはほら、大人の事情っていうか……訳あって言えないの!」
「テメェまでそれかよ、聞き飽きたわ糞が!」
「何の話!?」
「大体雄英はそれ知ってンのか!?」
「もちろんだよ!っていうか学校から言うなって言われてんの!」
彼は見定めるような目で私を睨み付けた後、チッと舌打ちをひとつしてようやく私から離れてくれた。それでもバクバクと嫌な音を立てる心臓は中々収まってくれそうにない。こんな至近距離で凄まれた事など今までなかったから恐ろしくて仕方なかった。
一体どうして彼はこんなに怒っているのだろう。知らないうちに地雷を踏んでしまったのか。もしそうなら申し訳ないが、私のこれは不可抗力だ。元々は本当に無個性だったことも、こちらの世界に来て突然個性をこの身に宿したことも、そしてそれらを秘密にしていることだって、全て私の意思ではないのだから。
「あの……そういう訳だからさ、この事は誰にも、」
言い終える前にギロリと睨みつけられて、思わず首をすくめる。「相澤さんこの子なんとかして!」「あなたの生徒でしょ?!」そう心の中で文句紛いにあの人に助けを求めるけれど、脳裏を掠めるのはさっき見たばかりのミイラ姿で。流石にあんな状態の人にこんなバイオレンス君を任せるのも酷と言うものだろう。
「テメーに個性があろうと興味ねーわカス!」
「えええ……いやうん、そうだよねごめん……」
これだけキレ散らかしといて何言ってんの?とは思うが、それを言ったところで面倒なことになるだけだ。そう思って言いかけた言葉は咄嗟に飲み込んだ。本当に何なんだこの子は。反抗期か?
爆豪くんはチッと盛大な舌打ちをすると、そのまま私の前から立ち去った。怒りを乗せてドスドスと歩む彼の背中を見送りながら、ほっと安堵の息をつく。まるで台風一過のようだ。
(……相澤さんにも報告しなきゃな)
爆豪くんも恐ろしいけれど、怒った相澤さんはもっと恐ろしい。今度はどんな叱責を受ける羽目になるのだろうと思うとげんなりした。
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