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相澤さんから体育祭の話を聞いた時には、それそのものより彼の身体の心配で頭が一杯になった。あんなボロボロの状態で「学校に行く」だなんて言い出すのだからそれも当然のことだろう。それを止めるのは私には不可能だから、せめて無理をさせないようにしなければとそんな事ばかりを考えていた。

だからこんな重大なことにすら気付く余裕はなかった。日本のビッグイベントとまで言われる雄英体育祭――――その準備がどれだけ大変かということに。

「もう無理……帰りたい……」
「ははは、随分酷使されてるようだね」
「……八木さんは余裕そうですね」

今年の体育祭は例年よりも警備を強化するとのことで、その手続きやら新しい設備の設置やらで皆大忙しなのだ。先生達曰く「去年の4割増」だとか。なにせ敵襲撃後の諸々の事務作業もあるし、保護者対応マスコミ対応なんかにも学校は手を煩わせていた。それに加えて相澤さんと黒瀬さんがいつも通り動けないから実質人員マイナス2。そういった色んな事が重なって、そのしわ寄せが私にも来ているのだ。それもこれも全てあの敵連合のせいだと思うと余計に腹が立ってくる。

「そうだ、頂き物のお饅頭があるんだ。ちょっとお茶にする?」
「わぁ!淹れてきます!」

ここ数日は忙しさのあまり八木さんとのティータイムをとる余裕もなかった。というか昼休みすらまともにとれず、行儀は悪いがパンを咥えながら作業をするような日々が続いていたのだ。だから今回ばかりは邪魔されてなるものかと急いでお茶を淹れに行く。まあ、相澤さんは授業中なのでそんな心配もないのだけれど。



「あぁ、そう……爆豪少年が……」
「運搬してると手元の紙見て睨みつけてくるし、会う度舌打ちされるし……気まずいったらありゃしない!」
「それは……大変だったね」

ここ暫くの悩みの種である爆豪くんの事を愚痴れば、八木さんは分かりやすく動揺し始めた。これはもしかしなくとも爆豪くんの地雷を知ってるのか。というかこの様子を見る限りその地雷に関係している……?隠し事が苦手な人なんだなぁと思いながら、先程入れたばかりのお茶を啜る。八木さんが隠し事の多い人であることは知っているので、余計な詮索をするつもりもないけれど。

それにしてもあまりに彼が顔を青白くさせるものだから、流石に申し訳ない気持ちになって話題を変えることにした。

「それと、相澤さんにもこの件を話したんですけど……」

爆豪くんとエンカウントしたその翌日、相澤さんを病院まで迎えに行った際にようやく報告できたのだ。爆豪くんに知られてしまった経緯、その後の彼との会話、それから言いつけを守れなかったことへの謝罪、報告を失念していたことへの謝罪。どんな叱責を受けるのかとびくびくしながらも全てを伝えた。今思うと先回りして謝りすぎたし、かなり言い訳がましい語り口だったように思う。

「相澤さん、"次からは気を付けろ"って言ってそれで終わりですよ!?なんか逆に怖いっていうか……本当に頭の打ち所悪かったんじゃ……」
「うーん、そうだね……それは本人に聞いてみたら?」
「えっ?」

八木さんの視線がすっと私の後ろに移動する。まさかと思って後ろを振り向けば、そこには相澤さんの姿があった。慌てて時計を見れば、それはまだ授業中であることを示している。

「えっ、なん……っ」
「情けない事に今まで通りの授業は厳しいんでな、早めに切り上げて自習にしてきた」

相澤さんは私の隣にどかりと座ると、疲れきった様子で背もたれに身体を預けた。本来なら入院しているはずなのだからこうなるのも仕方のないことだろう。というか"疲れた"レベルで済んでいる意味が分からない。

「で、何の話だ」
「いえ何でもないです」

包帯の隙間から相澤さんの刺し貫かんばかりの鋭い視線が投げられる。それを誤魔化すように慌てて新しいお茶を淹れて彼に差し出した。相澤さんはそっと湯呑みに口をつけたのち「あち」と小さく零した。前から思ってはいたけど、この人はよく自分が猫舌であることを忘れてしまうらしい。彼は結局飲むのを諦めてことりと湯呑みをテーブルに置き、それから静かに口を開いた。

「……不測の事態だ、そういう事もあるだろう。人を守った奴を責めるつもりはないよ」
「ブフッ」
「汚ぇな」

ばっちり話聞いてるじゃないですか。飲んでいたお茶で噎せたせいでそんなツッコミは言葉にならなかった。ゴホゴホと咳き込む私に八木さんが「大丈夫?」とハンカチを差し出してくれたので、慌てて首を振って遠慮した。代わりに自分のハンカチを取り出し口元に当てて喉が落ち着くのを待つ。

「……はぁ、もう相澤さんも人が悪い」

ようやく咳が落ち着いたところで、手元に付いた水滴をハンカチで拭う。地味に熱かったので少し赤くなっていた。

「あぁ?怒って欲しかったのか」
「それは全く」
「……何か2人とも仲良しだね」
「はいマブダチなんで」
「初耳だな」

ようやく少し冷めたらしいお茶を相澤さんが一口すする。その様子を見ながら、未だ彼の性格を掴みきれていないことをしみじみ実感した。合理主義で普段は酷く厳しい癖に、なんだかんだ甘い所がある。気分屋では決してなくて、彼なりの線引きはきっとはっきりあるのだろう。だけどその線の位置を知るには、彼と知り合ってからの時間が短すぎる。分かりやすそうで分かりづらい人、それが私の彼に対する印象だった。

「これ飲んだら会場設営な」
「げっ」

前言撤回。甘い所があるなんて嘘だ。だって私のこのクソ忙しい理由の9割はこの人によるものなのだから。



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