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実に見応えのあった騎馬戦も終わり、最終種目へと移る前に昼休みになった。一種目目の障害物競走は中々恐ろしいものだったけれど(ロボ・インフェルノとか地雷源とか)、二種目目の騎馬戦はハチマキの奪い合いということもあって想像していたよりずっと平和的な内容でほっとした。
このまま最終種目もそうであって欲しいと思うけれど、1対1のガチンコ勝負だというのだからあまり期待はできなさそうだ。戦闘訓練ですらかなりバイオレンスなのだから、これだけ気合いの入った体育祭なら尚更だろう。私も心の準備をしておこう。
「ちょっとトイレ行ってきます。ついでに何か買ってきましょうか?」
「あー、じゃあ何か飲み物頼むワ」
「俺も」
「はーい」
途中で最終種目に進む子達を見かけたらエールを送っておこう、そんなことを考えながら実況室を出る。だけどこれだけ人がごった返していたら会えそうにないなぁ、とその混雑に辟易しつつトイレへ向かっていると、生徒よりも先に八木さんの姿を発見した。早速声を掛けようと思ったものの、誰かと喋っていたので少し離れたところから様子を見ることにした。話している相手はヒーローコスチュームを身にまとい、身体中をメラメラ燃えさせている強面のおじさんだった。しかもちょっと険悪な雰囲気……?
その場を去ろうとする強面メラメラさんを「つれないこと言うなよー!」と通せんぼする八木さん。あれだけ分かりやすく拒絶されておいてフランクに絡める八木さんのメンタルが凄い。結局それすらも無視されていたけれど。
心なしかしょんぼりしている八木さんに「……お疲れ様でーす」とおそるおそる声を掛ければ、彼は一瞬驚いた顔をして「恥ずかしい所見られちゃったな」と苦笑いした。
「お知り合いですか?……あんまり良い雰囲気ではなさそうでしたけど」
「知らない?NO.2ヒーローのエンデヴァーさ」
「へぇ、凄い方なんですね。確かに見るからに強そう」
「轟くんのお父さんだよ」
「えっ!?に、似てない……」
「ハハハ、お母さん似なんだろうね」
もう一度彼の去っていった方をちらりと見てみたけれど、既にその姿はなかった。もっとちゃんと顔を見ておけば良かった。あんなイケメンくんのお父さんなのだから、きっとイケメンに違いない。髭やら眉毛やらまで燃えていて顔がほとんど隠れていたのが勿体ない。
「それより、大丈夫なんですか?」
彼の身体を頭のてっぺんから足のつま先までじっと見回して、あまり"もたない"でしょう、と言外に仄めかす。意図が伝わったのか、「ちょっと喉が乾いちゃって」と彼は頬を掻いた。
「八木さんは閉会式も挨拶がありましたよね?私が買ってきますよ」
「えっいいよいいよ、ちょっとの距離だし」
「そのちょっとの積み重ねでいつも困ってるんでしょ」
「うっ……オネガイシマス」
「何がいいですか?」「暖かいお茶で」と小銭を受け取ってお使いを承る。どうやら今日は基本的にリカバリーガールの所にいるとの事で、そこに届けることを約束し彼とは別れた。申し訳なさそうな顔をしていたので「また美味しいお菓子期待していますよ」とにっこり笑えば「とっておきのを用意しよう」と言ってくれた。八木さんの用意するお茶菓子はいつもとっても美味しいので、早くも次のティータイムが楽しみだ。
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「げ、爆豪くん……」
トイレを済ませ今度は自販機へと向かっていると、今一番会いたくない人にエンカウントしてしまった。彼は私を見るなりぎょっとした顔をして、それから慌てたように私を羽交い締めにして口を塞いできた。――――いやいや、なんで!?
身を捩って拘束を振りほどこうとすると、「静かにしろ」とどこか焦った様子で耳打ちされる。それから彼が顎でしゃくった方に視線をやると、そこにはただならぬ雰囲気の轟くんと緑谷くんがいた。その様子はまるでさっきのNO.2の……メラメラさん(名前がでてこなかった)と八木さんみたいだ。違うのは迫っているのが険しい顔をした轟くんの方ということくらい。どうやら爆豪くんは彼らにバレないよう身を潜めているらしい。
状況は分かったけれども、ひとまずこの体勢は何とかならないものだろうか。静かにします、という意を込めて爆豪くんに視線を送ってみるものの気付いてすらもらえず。結局緑谷くんと轟くんが去っていく足音がしたのちに拘束を解いてもらえた。ここを通りかかったのが2人の話が終わりかけの時で良かった。
「……盗み聞きは良くないと思うけど」
「うっせぇ、こんな所で話す奴が悪ィ。……せいぜいテメェも"秘密"バレねぇようになぁ」
そう言って途端に意地の悪い笑みを浮かべる彼に、この性格はどうにかならないものかと溜め息が漏れそうになった。この子の人を挑発する才能は天下一品だ。
「ご心配どーも。それより、最終種目残ってるんだよね?頑張ってね」
「……あ?」
「"俺が一位になる"んでしょ?」
「テメェに言われんでもなるわ」
そう静かに呟いた爆豪くんの顔は、どこか憂いに満ちていた。珍しいその表情に思わず言葉に詰まってしまう。緑谷くんと轟くんが何か重たい話でもしていたのだろうか。仮にそうだとしたら余計に盗み聞きは趣味が悪いけれど。まぁ、彼らがどんな話をしていたかなんて知る由もないが、爆豪くんが他人のあれそれに思いを馳せるタイプだとも思えない。どうしたの?なんて聞くことも出来ず、結局彼はその言葉を最後に私の前から立ち去ったのだった。
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