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爆豪くんと麗日さんのあの激しい戦いを恐怖心もなく見ることができたから、暴力的な内容にも少しは耐性がついたのかもしれない。なんて、そんな予感は次の試合で見事に打ち砕かれた。
――――轟焦凍 vs 緑谷出久
正直な話、彼らの試合はほとんど見ることが出来なかった。開始直後から個性をぶつけ合う2人に、というか一撃目から"自分の攻撃"で負傷する緑谷くんに、瞬く間に恐怖心が顔を出したのだ。攻撃の影響で実況席の窓がガタガタ揺れて、その音が余計に恐怖心を刺激した。とは言え実況席から彼らまではそれなりに距離があるので、負傷の様子が鮮明に見えるわけでもなく、おかげでまだ我慢ができた。しかしそれも緑谷くんの左腕が故障するまでの話だ。
左腕が赤黒く変色している様子は、この距離からでもばっちり見えてしまったのだ。しかもそれは既に腕としては機能しておらず、ぷらぷらと肩からぶら下がっているだけ。見ているだけで痛すぎる。ドラマや映画での負傷シーンに自分まで「うっ」となってしまうあれだ。しかも生で見ているから余計にタチが悪い。
結局、もうどうにも耐えられなくなって慌てて席を立ち実況席を出た。相澤さんの視線は痛かったけれど、後で「トイレでした」とでも言っておこう。きっと嘘だと丸わかりだろうけど。
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特に行く先も考えておらず辺りをふらふらさ迷ったのち、最終的に私の逃げた先はリカバリーガールのいる医務室だった。そこにモニターが設置してあることは把握済みだ。流石に2人の試合を全く見ないわけにもいかないし、画面越しならまだ平気だろうと思ったのだ。それに話し相手がいれば気も紛れるだろうし。医務室に行き正直に理由を話した私を、リカバリーガールは「無理するこたないよ」と相澤さんに比べそれはそれは優しく受け入れてくれた。
「あれ八木さんは……?」
「会場にいるよ」
「あぁ、緑谷くんを見に行ったんですね。何かと気にかけてますよね、彼のこと」
「気に掛けるだけじゃなくちゃんと指導してもらわなきゃたまらないよ。なんだいあの戦い方は」
「……本当、無茶しますよね」
"リカバリーガールがいるから大丈夫"先生達は何かにつけてその言葉を口にする。実際彼女のおかげで雄英が大胆な方針を打ち出せるのは確かだ。あんな入試を実施できるのもそうだし、ヒーロー基礎学の内容だってそうだ。それは理解できるけれど――――緑谷くんに関してはやりすぎだ。
「怪我しても治してもらえるからっていうのは……どうなんですか?現場に常に治癒系のヒーローがいる訳でもないでしょう」
「あの子はそこまで考えちゃいないよ、ただ必死なだけさね。大体、治るったって普通は尻込みするだろう。……危ない子だよ、本当に」
彼女の言葉にはっと気付かされる。身を滅ぼすような戦い方への是非以前に、まずそれができること自体が常軌を逸しているのだ。自ら激痛に飛び込むなんて少なくとも私にはできない。「思い切り殴れ!」と言われたところで、自分へのダメージを考えてきっと加減をするだろう。多分、無意識レベルで。それを緑谷くんは躊躇なしにやってみせるのだ。それも何発も。
「――――私、緑谷くんが怖いです」
「それあの子に言ってやりな」
「いやでも、私ヒーローでも教師でもないし、彼に何か言える立場じゃ……」
「だからこそだよ。ヒーローが守るのは一体誰だい?アンタみたいな一般人さね。世間に怖がられてヒーローが務まるかい」
「……それはそうでしょうけど」
「アンタだから伝えられることもあるだろ。何でもいいからあの子を止めとくれ」
どうやらリカバリーガールは随分緑谷くんに対しご立腹らしい。それもそうだろう、入試の日から彼が一体どれだけ医務室のお世話になったことか。きっと彼女のことだから、その度に注意はしているのだと思う。少なくとも相澤さんは何度も釘を刺している。その上で今も尚こんな状態なのだから、私が何か言ったところでそれは変わらないのでは。
「それで彼が止まるならとっくに、」そう言いかけた時だった。ドーンっと物凄い衝撃音がして、床や壁がミシミシと揺れた。リカバリーガールと一瞬視線がかち合って、それからすぐにモニターを見上げる。だけどそこには砂埃だか煙だかで真っ白になった映像が映されているだけだった。
「え、なっ、なに!?」
状況が掴めず狼狽える私の隣で、リカバリーガールは口を閉ざし険しい表情を浮かべる。――――まさか、敵が?
そんな心配は画面が元通り会場を映し出したことですぐに消え去った。かと言ってそれで安心できたというわけでもない。またすぐに別の心配ができただけだ。モニターに流れたのは、ジャージがずたずたに破れ上半身が露わになった轟くんと、ステージから幾分か離れた壁の傍に倒れ込んだ緑谷くんの姿だった。多分、ステージからあの壁まで吹っ飛んだのだろう。あまりに悲惨なその状況に、思わず息を飲む。
「全く!またあんな無茶をして!」
リカバリーガールはそう怒りを滲ませながら席を立ち、早速治療の準備をし始めた。何か手伝わなきゃと思いつつも、私はモニターから目を離すことが出来なかった。
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