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緑谷くんは手術の必要があるとのことで、お見舞いに来た子を含め私も医務室を退出せざるを得なくなった。おかげで避難先を失った私は、結局また解説室に戻るしかなくて。きっと試合が進むにつれその内容も過激になるはずだから、それを間近で見るだなんて気が重くて仕方ない――――なんてそんな心配は、実にありがたいことに杞憂に終わった。流石に轟くんと緑谷くんほどの危険な試合は行われなかったのだ。
どの試合も手に汗握る熱いもので、全てを見届けた後には感動で胸がじんとなった。なにより緑谷くん以降は大きな怪我をする子もおらず心底ほっとした。
そうして栄えある優勝を手にしたのはなんと爆豪くんで、私の轟くん予想は見事に外れてしまった。とは言えおめでたいことには違いないから、表彰の際には心からの拍手を送った。それなのにどうやら爆豪くんにとっては納得のいかない結果だったらしい。どうにも彼は緑谷くんに並々ならぬ(悪い意味での)思いを抱いているようだから、"あれ"以上の試合をした上で勝利を収めたかったのだろう。おかげでなんとも締まりのない表彰式を迎えることになった。
というのも爆豪くんがあまりに暴れるものだから、ついには表彰台に拘束されてしまったのだ。確かに決勝戦での轟くんの様子はどこかおかしかったけれど、優勝したのにそこまで……?上昇志向が過ぎないだろうか。正直ドン引きである。
なにはともあれ、波乱続きだった雄英体育祭は無事(?)幕を閉じたのだった。
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さて、体育祭が終わればようやく穏やかな日常が訪れるのかと言えば、否。まず片付けが準備の比にならないくらい大変だった。これは入試の時に学習済みなので心の準備もできていたけれど。対生徒用に置かれた設備がいたるところで破壊されているので、その破片を掃除するのも故障具合によって仕分けていくのも非常に骨が折れるのだ。ちなみにこの時の埋島さんはひたすら修理に追われ、誰よりも死んだ顔をしていた。
そしてそれらがようやく片付いたかと思えば今度は職場体験に向けての準備だ。体育祭関連が終わり安心しきったところにこの話を聞かされたので、それはもうかなり相澤さんを恨んだ。そういうのは先に言っておいて欲しかった。やっと一息つけると思ったのに、そんな暇もなく再び怒涛の忙しさに見舞われたのだから。
「な、なんですかこの量は……」
「毎年こんなもんだ」
どさりと机の上に置かれたプリントの束。多すぎて視界が遮られてしまう程の量である。なんと全てヒーロー事務所から1年生へのドラフト指名なのだという。これを生徒別に仕分けるように、と考えただけで気の遠くなるような作業を指示されてしまった。
「仕分けたら今度はデータ入力な」
「ひぇぇ……」
後に分かったことだけれど、この時のプリント総数はなんと1万枚を超えていた。しかもその内の約8千枚はA組……というか轟くんと爆豪くんを指名するものだった。確かに2人とも今年の優勝者と準優勝者だし(指名の数は逆転していたけれど)、集中するのも当然と言えば当然だろう。例年はもっと数がバラけるらしいので、それに比べれば仕分けやすかったのかもしれないが、楽かと言われれば全くそんなことはなく。
「これ終わりません……終わりが見えません……」
「気合いだ気合い。栄養ドリンク飲むか?」
「相澤さん根性論タイプじゃないでしょ!?あ、ドリンクは頂きたいです……」
全く終わりそうにない作業を前に段々泣きたくなってくる。ちなみに生徒はこの指名を元に体験先の希望を出すそうなのだが、次はその集計と事務所との調整作業があるらしい。人使いが荒いどころの話ではない。薄々勘づいてはいたけれど、雄英はとんだブラック企業だったのだ。
「そういえば、職場体験中は私どうなるんですか?」
早速受け取った栄養ドリンクを飲みながら、ふと気になった事を尋ねてみる。普段は主に1年生の授業の手伝いをしているので、彼らがいないとなると職場体験中の一週間は私の身体も空くはずなのだ。体育祭の準備からずっとあくせく働いているので、あわよくばその一週間くらいお暇を貰えないだろうかという下心もあった。とはいえこの血も涙もないような男が私を甘やかすはずもなく。
「個性訓練だ」
「えっ……次は一体何を……」
「実践に入る。丁度別に訓練しなきゃならない奴がいるから一緒にな」
「実践!?訓練しなきゃならない奴ってのは……?」
「C組の心操だよ。ヒーロー科に編入させようにもまだ身体もできてないしな」
心操くんと言えば、緑谷くんと対戦したあの洗脳の個性の子のはずだ。あの子と一緒に実践訓練?育ち盛りの男の子と万年デスクワークの私が?というかそもそも何故私が実践形式の訓練などする必要があるのか。別にヒーローを目指している訳でもないのに。個性の詳細を把握して、それをコントロールできたら十分なのではないのだろうか。
「っていうか、私の個性バレちゃいけないんじゃ……」
「敵襲撃もあってそうも言ってられなくなったんだよ。万全は期しているが、次の襲撃がないという保証もない。敵に悟られる前に早く個性を使いこなせるようになるべきだ」
「いやでも実践は別に必要ないんじゃ、」
「お前、体育祭でも個性暴発させただろ」
「うっ」
「個性の使い方を身体に叩き込む。実践が一番だ」
言い返す言葉もなく、ただ深く項垂れる。そもそもこの人が言い出した時点で私がそれを覆せるはずもなかったのだ。しかし実践とは言え、流石に皆がやっているような戦闘訓練のようなものとは違うはずだ。というか違っていて欲しい。どうか彼の課す訓練が激しいものではありませんように、と心の中で強く願った。
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