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ついに始まった1年生の職場体験。そして私の個性訓練。だけどその内容はもはや心操くんの訓練の実験台と言って差し支えないものだった。

「先生……捕縛どころか届かないんですけど……何なら俺が捕縛されてるし」
「まずは投げた時、収縮する時、捕縛布がどう動くか感覚を掴め。ま、最初はそんなもんだよ」

相澤さんは自身の武器である捕縛布を心操くんに伝授するつもりらしい。そのために彼に課した最初の課題が"私を捕まえること"だった。とは言っても私は動くことを許されておらず、ただ棒立ちで捕縛布がこちらに向かって投げられるのを見守るだけ。

それを聞かされた時は衝撃だった。なにせ私は一度あれに捕縛されたことがあるのだ。ぐるぐる巻きにされてすっ転び、顔面を強打して砂利の上を引きずられた事は未だ根に持っている。そんな"トラウマ"が迫ってくるのだから恐ろしいったらありゃしない。

相澤さんは逆にそれを利用し、私に手袋を装着させて個性を暴発させないための訓練を課したのだ。人の恐怖心を利用するなんてこの人でなしめ。

ちなみに今のところ暴発はしていない。私が自制できているからではなく、心操くんの投げる捕縛布が全く私に届かないからだ。相澤さんがいつも容易く操っているから勘違いしていたけれど、どうやらかなり扱いの難しい代物らしい。投げた後に収縮して戻ってくるのを操作するのが特に難しいらしく、毎度心操くん自身に巻きついている。

「いいか、投げるイメージじゃなく伸ばすイメージだ。腕の使い方を見てろ。みょうじ、暴発させるなよ」
「えっちょっ、待っ……!ぎゃああっ」

突然振られた言葉に動揺したのも束の間、相澤さんの捕縛布が私に向かって伸びてくる。そしてあっという間にぐるぐる巻きにされてしまった。ついでに装着していた手袋も呆気なく紙となって地面に落ちていく。

つい先日までミイラだったとは思えない見事な動き――――なんてことを言ったらさらに締め上げられそうなので口が裂けても言わないけれど。

「おい、言ったそばから暴発してるじゃねぇか」
「……いきなりは卑怯です」
「本当に暴発しちゃうんですね。小学生でもあまり見ないのに」

嫌味でなく素で言ってしまったのだろう、すぐに「あ、ごめんなさい」と付け加えられた。余計に虚しくなるからやめて欲しい。とりあえず「大人の事情だよ、心操くん」と返すので精一杯だった。

っていうか先生の見本はその辺の木とかでやってくれてもいいのでは。あの布が迫ってくる絵面は本当に恐ろしいのだ。ぐるぐる巻きにされると圧迫感がすごいし。まぁ、だからこそ私の訓練になっているのだけれど。これが一週間も続くのかと思うと、ため息をつかずにはいられなかった。



「お疲れ様」
「……ありがとうございます」

休憩に入ったところで、地面に座り込み疲れた様子を見せる心操くんにスポーツドリンクを手渡す。訓練初日の今日、私はほぼ突っ立っているだけだったので疲れなんて全くないけれど、心操くんに関しては別だ。投げる度に捕縛布が身体に絡まって大変そうだったし、なによりこの訓練の前に筋トレやら走り込みやらも課されているのだ。相澤さんの課すトレーニングの内容はきっと酷く厳しいものに違いない。

「個性、その歳で発現したって本当ですか」
「そうそう、最初はびっくりしたよ」
「物を紙にできる個性……強い個性ですよね」
「んー、使いこなせなきゃ意味無いよ。心操くんこそ良い個性だよね」

心操くんは一瞬びっくりした顔をしたのち、先程渡したペットボトルに視線を落とした。

「……最近、やっとそう思えるようになりました」
「そうなの!?山田さんと相澤さんなんてべた褒めだったのに!」
「え、」
「対敵には最高だってさ。無血開城がどうのって言ってたかなぁ。とにかくヒーロー向きだって」
「……体育祭以降ですよ、そういう声聞くようになったの。なまえさんも思ったでしょ、犯罪し放題の敵向きの個性だって」
「え、もしかしてそんなこと言われるの?私、山田さんと相澤さんのべた褒めを最初に聞いたからさ、そうなんだーって、それだけだったから」

心操くんがぱっと顔を上げて、再び視線が交わった。彼は少し困ったような顔をしたあと「なんか調子狂うな」と頬を掻いた。

「怖くないんですか、洗脳なんて聞いて」
「えっ怖いよ!」
「えっ」
「洗脳がっていうか、個性自体怖い!緑谷くんのとか何なのあれ。爆破も炎も酸も怖いし……いや挙げだしたらキリないな」
「……個性が怖いんですか?この超常社会で?」
「むしろなんで皆怖くないの!?派手な個性だと"カッコイイ"とか言う人いるけどさ、いやいや怖いから。隣で個性バーンってやられたら死んじゃうから」
「それはまぁ、そうですけど」
「あと捕縛布も怖い」
「はぁ……」

心操くんは動揺と呆れの混ざったような、とても複雑な表情を浮かべた。情けない大人とでも思われただろうか。でも怖いものは怖いのだから仕方ない。

「洗脳と捕縛布が同列ですか」
「むしろ捕縛布の方が怖いかも。1回被害受けてるし」
「……何かあったんですか?」
「聞いてくれる!?ぶっ倒されて地面引きずられたの!」
「誰かさんが公園のど真ん中で個性暴発しまくってたからな」
「げっ」

突然会話に割り込んできた声に一気に血の気が引く。休憩を言い渡してすぐ何処かへ行っていたはずなのに、いつの間に戻ってきたのやら。というか戻ったなら一声かけて欲しい。盗み聞きはタチが悪い。

「訓練再開するぞ。もう少し距離縮めてみるか」
「そういうの本当良くないと思います!」

しっかり仕返しをする人だということはこの数ヶ月で身をもって学んでいる。そしてそれは脅しなんかではなく、必ず有言実行する人だということも。彼がいないからと軽率に悪口を言うのは辞めておこうと固く誓ったのだった。



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