22


「みょうじ、これをファイルに綴じておいてくれ。生徒ごとにな」

そう言って相澤さんに手渡された資料の束。ちらりと目を通してみれば、どうやら職場体験の報告書のようだった。そこには昨日の日付と活動内容、生徒の感想、それから体験先のヒーローのコメントが記されていた。内容から察するに、毎日こうして報告書が上がってくるようだ。

それを軽く眺めながら生徒一人ひとりのファイルに綴じていく。青山くん、芦戸さん、蛙水さん、飯田くん――――その時、職員室のテレビから聞き覚えのある名前が聞こえてきた。

"ヒーロー殺しステインの捜査は未だ難航しており、警察は保須市を中心に……"

ヒーロー殺しステイン、飯田くんのお兄さんを瀕死の状態にまで追いやった敵だ。それは丁度体育祭の日の出来事で、飯田くんが表彰台に上がることなく病院へ向かったのは記憶に新しい。

ヒーローともなればこんな危険が付いて回るんだよな。きっと飯田くんもお兄さんの事が心配で堪らないだろう。そう思って彼の報告書にもう一度視線を落とした時だった。

(――――マニュアル事務所、保須市……)

いや、まさか、ね。ありえないと思うのに、こんな偶然があるのかと嫌な予感がした。咄嗟に、以前データ入力した彼の体験希望先を確認する。第三希望まで記入することになっているのに、彼の欄には第一希望しか記されていなかった。飯田くんは確か300近い指名があったにも関わらず、だ。

「相澤さん、飯田くんの体験先ですけど……保須市って、」
「……インゲニウムの件が絡んでるだろうな」
「気付いてたんですか!?」
「むしろ気付かなかったのか」
「作業に追われてそれどころじゃなかったですよ……っていうか、大丈夫なんですか?」
「正規の手順を踏んでる以上こちらから言うことは何も無いよ。ま、"勝手"をしたらその時だ」

"勝手"とは、保須市にいるのをいい事にヒーロー殺しを追う、とか?なんて、ヒーローでもないのにそんな事が許されるはずもない。それは私よりも飯田くんの方が理解しているはずだ。彼は規律を重んじる真面目な子だから。なにより"ヒーロー殺し"にいち生徒が敵うはずもないことくらい、考えずとも分かるはず。

「流石に復讐なんて考えてないですよね……いやでも保須市の事務所選んでるってことは……でもどう考えても無謀だし……」
「いいから手を動かせ」

バチンッと強力なデコピンを頂戴し、その場にへなへなと沈み込む。私は心配をしているのに……!

「いっ、たぁッ!飯田くんのこと心配じゃないんですか!?」
「心配したら何か変わるのか」
「変わ、らない……ですけど、」
「保須市の事務所ならヒーロー殺しの捜査に力を入れているはずだ。職場体験でその一助になれば、ってのが妥当なとこだろう。仮に私刑を望むならアイツはヒーローに向いてない、それだけだ」
「……それだけって、下手したら死んじゃうかもしれないのに」
「それは飯田に限った話じゃない。――――インターン中に死んだ奴は過去にもいる」
「……え、?」

相澤さんの表情に影が差したように見えたのは、きっと気のせいではない。もしかして、その亡くなった生徒は彼の受け持ちだった、とか。ヒーローの仕事がどんなものかを考えれば、そこに職場体験やインターンで行って亡くなってしまうことは十分考えられる話だ。

そう思うと、相澤さんが何故あれだけの除籍者を出しているかもなんとなく理解できてしまう。いくら夢が途絶えようと、死んでしまうよりはずっとマシだろうから。

なんと言葉を返して良いか分からずに言い淀んでいると、ぱっと表情を切り替えた相澤さんが先に口を開いた。

「まぁ、一時の感情で体験先を選ぶのは褒められた事じゃない。……とは言え相手もプロだ。何かしら学んで帰ってくるよ」
「私としては無事に帰ってきてくれればそれでいいです」
「そんな悠長な考えでヒーロー育成が務まるか」
「そうかもしれないですけど!命あってこそでしょ!」

少しの間があったのち、相澤さんは「そうだな」と小さく呟いた。



「なんか私だけ難易度増してませんかねぇ……」
「Plus ultraだ、頑張れ」
「校訓雑に扱いすぎじゃないですか?」

その日の訓練では、心操くんのトレーニングと私の個性訓練を兼ねたキャッチボールが行われた。いや、これをキャッチボールと言っていいものなのか。と言うのも、相澤さんの指示は心操くんの投げたボールをキャッチと同時に紙にしろというものなのだ。ちなみに動くものに対して個性を発動するのは初めてである。

しかもそのボールというのがメディシンボールと呼ばれる所謂重りの入ったもので、これが5kgと中々に重たい。持ち上げるのは難しくないけれど、投げるとなると肩を壊しそうだ。そんな重さのものが飛んでくるのだから、紙にし損ねたら結構な衝撃である。つまりはそう、怖い。

「心操くん待っ、……!」
「あっ、すいません」
「おい誰が避けろと言った」

ドンっ、と鈍い音を立てて地面に沈むボール。同時に相澤さんから叱責が飛んでくる。

「いや、あの、最初はビニールボールとかでやってくれませんかね……」
「そうしたら心操のトレーニングにならんだろうが」
「合理性重視しすぎです!」
「怪我するようなもんでもないだろ」

分かってはいたけれど、文句を言ったところで彼が辞めさせてくれるはずもなく。確かにいくら重たい物だとは言え、攻撃されるわけでもないから怪我をするような内容ではない。炎を向けられて個性発動しろと言われたアレよりはきっとましだろう。そうは言っても打ち身や突き指くらいはしてしまいそうだ。

「う゛っ、」
「キャッチして発動してどうする。触れたと同時に紙にしろ」
「イメージが追いつかないんです!」
「そのための訓練だろ。心操、軌道落ちてきてるぞ」
「っ、はい!」

心操くん、なんて素直でいい子なんだろう。私よりももっと過酷な訓練を受けているというのに。健気だし、ぶつぶつ文句を言っている私なんかよりも随分大人だ。だからって文句がなくなるわけでもないけれど。

「なんか……、私まで筋トレになってるような、」
「そんなに難しいですか、個性のコントロール」
「めちゃくちゃ難しいよ!」

休憩に入り、ハァハァと息を乱しながら心操くんに愚痴を零す。腕がパンパンだし、さっきからぷるぷる震えている。明日は筋肉痛決定だ。

「1回成功したことあるんだけどなぁ」
「その感覚覚えてないんですか?」
「必死だったからさー。ほら、敵連合襲撃の時だったから」
「ああ、火事場の馬鹿力ってやつ」
「多分そんな感じ」

あの時はどうやったんだっけ、と目を瞑って記憶を手繰り寄せる。確か敵が口を膨らませて、なんとなく攻撃してくる事が分かって――――気付いた時には手を伸ばして紙化させていた。うん、駄目だ全然参考にならない。

「紙にするイメージってどうやってるんですか?」
「え?……こう、手が触れた瞬間にパサって紙になるような……?」
「だから発動が遅れるんじゃないですか?もっと前の段階……向かってくるボールが紙に変わるのをイメージするとか」
「触れなきゃ紙にならないのに?」
「発動条件とイメージはまた別ですよ」
「なるほど……?すごいね、全然個性のタイプ違うのにそういうの分かるんだ」
「発動型の個性の友達がそんなことを言ってたんで」
「へぇ、いいこと聞いた」

早速言われた通りにイメージしてみようと、頭の中で先程のキャッチボールの光景を思い浮かべる。心操くんが投げて、ボールがこちらに飛んでくる。それが私の手に触れる頃には紙になって――――おお、なんだかできそうな気がする。あくまでイメージ上では、だけれども。

「ちょっと1回付き合って!今すごい良い感じにイメージできたから!」
「いいですよ」

心操くんがボールを手に私から距離を取る。それから「いきますよ」という掛け声ののち、大きく振りかぶった彼の手からボールが飛ばされる。

(ボールが、手前で紙になるイメージ……!)

重たいボールを受け止めるんじゃなく、紙を受け止めるくらいのつもりで――――

パサッ

「……わっ!できた!」

紙が手に貼り付いた感覚に、思わず声を上げる。まるで初めて逆上がりに成功した時のような、言いようのない喜びが一気に湧き上がる。咄嗟に心操くんの方を見れば、いつも無表情に近い彼がゆるりと笑みを浮かべていた。

「見た!?今の見……ッうがっ」
「!? なまえさん!!」

この時私は、感情が高ぶると個性が暴発しやすくなることをすっかり失念していた。そう、手に貼り付いた紙が再びあの重たいボールへと姿を変えたのだ。急激に変化した重さに対応しきれなかった私の身体が、がくりと地面に沈む。さて、そんな時に一番ダメージを食らうのはどこかと言うと、

「大丈夫ですか……」
「こ、腰!腰がっ、」

少し離れた所から「何をやってるんだ」と相澤さんの酷く呆れた声が聞こえた。



- 22 -

*前次#

top