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地獄のダンジョン攻略から一夜明け、合宿訓練2日目。見事両足が酷い筋肉痛となった私はベッドから出るのも一苦労で、合宿の手伝いをしたくとも全く使い物にならなかった。少しでも動けばピキピキと激痛が走るのだ。それは相澤さんも想定済みだったらしく「今日は一日休んどけ」と何の仕事も振られなかった。
私以外は全員朝から訓練に行っていて、生徒たちのその逞しさはもはや理解不能のレベルである。昨日あれだけ満身創痍だったのに、何故一日寝ただけで普通に動けているのか。せめて多少は筋肉痛になっていると信じたい。なんというかこう、人として。
そういうわけで施設にいるのは基本私一人である。厳密に言えばマンダレイさん達のお手伝いをしている洸汰くんが訓練場と施設をちょこまか移動しているので、一人ときどき二人という感じ。
簡易的な宿泊施設で一日を過ごすのは非常に暇なので人がいることはありがたい。だけどこの洸汰くんがまぁ手強いというかなんと言うか。早めの反抗期なのかずっとしかめっ面をしているのだ。マンダレイさん曰く5歳らしいが、その年頃の子と関わったことがないので何を話せばいいのかも分からない。そしてロビーのソファに二人という中々の近距離でお互い無言を貫くのもまぁまぁ気まずいわけで。
「洸汰くん、好きなヒーローっているの?」
なんてお姉さん面して話し掛けたのがそもそもの間違いだった。だけど言い訳だけさせて欲しい。この年頃と言えば幼児向けアニメの話でもしておけば大丈夫だろうと初めは思ったのだが、こちらの世界の幼児向けアニメなど見たことも聞いたこともなかったのだ。だからそれに取って代わるものと言えばヒーローでしょ、と思い付いた。きっと皆好きでしょ、親戚にヒーローがいるなら尚更、という風に。しかしそれが大きな勘違いだったわけだ。
「ヒーローなんて大嫌いだ」
まさかこんな言葉が返ってくるなんて誰が予想できただろうか。しかも5歳児とは思えぬ物凄い睨みをお見舞いされた。察するに、どうやら彼の地雷を盛大に踏み抜いてしまったらしい。
「アッ、そっか、ごめんね何か……」
5歳児相手にしどろもどろの成人女性、そんな情けない構図が完成してしまった。なんだこれ、思ってたのと違う。もっとこう、体操のお兄さんお姉さんみたいににこやかに接するつもりだったのに、こんな気まずい思いをしながら謝罪する羽目になるとは思いもしなかった。
「皆ヒーローヒーローってさ、馬っ鹿みてぇ」
「えええ、めっちゃ嫌いじゃん……」
「だってそうだろ、個性ひけらかして殺し合いしてさ、どこがカッケェんだよ」
「えっ」
洸汰くんの言葉に衝撃が走る。まさかこんなところで自分と似た感想を持つ人と出会うとは思わなかった。流石に洸汰くんほどの過激な想いは抱いていないが、それでも彼の言葉は常日頃考えていたことと通ずるところがあった。5歳児と同じような考えって、それはそれで大丈夫なのかと思うけれど。
「――――すっごい分かる……!」
「はぁ?お前もアッチ側だろ!!」
「アッチが何かは知らないけど……私ヒーローでもないし目指してもないからね」
「……え、」
「訳あって雄英のお世話になってるだけだよ」
「だからお前だけそんな弱っちいのか。筋肉痛で動けないって聞いたぞ」
「普通だよ普通!あの子らが異常なの!」
ふと、洸汰くんの表情が少しだけ和らいだことに気が付いた。もしかすると私が共感したことで仲間意識を持ってくれたのかもしれない。これはお近付きになれるチャンスだと、少し踏み込んでみることにした。
「嫌いって言うと違うけど……敵がいる以上ヒーローも必要だろうし、自分がピンチの時にはやっぱり助けて欲しいしね。でも、皆にも傷付いて欲しくないからさ」
「……皆って、」
「雄英の先生や生徒達だよ。世間的にはヒーローとその卵かもしんないけど、私にとっては大事な人達だもん。……ま、助けて欲しい、でも傷付かないでってひどい我儘だけどね」
そう言ってチラリと洸汰くんを盗み見れば、何か考え込んだ様子でじっと足元を睨みつけていた。おかげでぷつりと会話が途切れ、静寂が訪れる。やっぱり無言は気まずくて、慌てて言葉を探す。
「洸汰くんは何かヒーローを嫌いになったきっかけがあるの?」
彼はびくりと反応したのち、無言のままソファを降りた。それからぎろりとこちらを睨みつけて一言、「誰がお前なんかに言うかよ」と捨て台詞を吐いてロビーを出ていってしまったのだった。
ううん、子どもって難しい。
▼
午後4時、本日の個性訓練は終了となったらしく皆が施設に戻ってきた。これから生徒達で食事作りに入るらしい。酷く疲れた顔をしているのになんと酷なことか。私は一日休ませてもらったし、生徒達には昨日の恩もあるのでお手伝いを申し出た。足は未だ痛むけれど、動かさなければ問題はない。という訳でその場に立ったままできる作業を承ることにした。しかしどうやら私には荷が重かったらしい。
「なんだその皮の剥き方は!!パイナップルか!!」
「パ、パイナップルの皮の剥き方なんて知らないけど……」
じゃがいもの皮を剥いて(切って?)いると爆豪くんにボロくそに怒られてしまったのだ。「貸せ!」とじゃがいもと包丁を奪われてやり方を見せてもらったけれど、私はそんなに器用に包丁を操れない。どうしてここにはピーラーが置かれていないのか。そもそもの問題はそこだ。
そんなやり取りを近くで見ていた耳郎さんが「なまえさん家で料理しないんですか?」と尋ねてきたので「うん、しない」と即答した。すると今度は麗日さんが「なまえさん一人暮らしでしたよね。普段何食べてるんですか?」と会話に入ってきた。
「カップ麺、コンビニ弁当、ハンバーガー、家にある適当なお菓子……かなぁ、あとたまに外食」
「「うわぁ、女子力……」」
「ふふふ、2人ともいずれ分かるよ。一人暮らししたら自炊するんだー!なんて幻想だから」
「え、こわ」
「でも私も料理せんからな〜、なまえさんの言うこと分かるかも」
そうやってお喋りを続けながら、痛む足に鞭を打ち流し台の方へと移動する。爆豪くんみたいな包丁捌きはできないから、洗い物を担当しようと思ったのだ。
しかしそれも「泡残ってんじゃねぇか!!」と怒られてしまい、ついに戦力外通告されてしまったのはまた別のお話。
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