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合宿3日目、筋肉痛は未だ残っているものの昨日に比べれば随分と治まっていたので、今日から訓練に参加することになった。午前中は皆から少し離れたところで一人個性訓練、そして皆の疲弊が限界を迎え始める午後からは訓練のお手伝いと言ったスケジュールである。

お手伝いと言っても単純なもので、主に水分や軽食の運搬係だ。A組B組を合わせて40人分、しかも皆よく飲むし食べるのでこれが中々大変だった。学校でするように個性を使えれば楽なのだけれど、皆には無個性で通しているためそれも叶わず。いつも「個性なんていらない」と思っていたのに、今ばかりは個性が恋しくて仕方がなかった。筋肉痛が残っているから尚更。

しかし皆の大変さに比べればなんてことはない。あちこちから唸り声や時には断末魔が聞こえてくるし、皆が皆疲弊しきった顔でふらつきながら訓練しているのだ。その姿は最早ゾンビのようで、この一帯はまさに地獄絵図。そんな"限界突破"する姿を目の当たりにして「きつい、しんどい」なんて言葉を吐けるはずもなく、ただただ彼らを応援する気持ちで運搬作業に徹した。

「水ここ置いとくね!」「頑張って!」と声を掛ければ死んだ顔をしながらもちゃんとお礼が返ってくるあたり、本当に良い子達ばかりだなと思う。

だけどここで懸念がひとつ。どうやら私は轟くんに距離を置かれているらしい。いや、元々近しい関係だったわけでもないけれど、そこに更に壁を作られている気がしてならないのだ。

考えられる原因は、轟くん、飯田くん、緑谷くんの3人と話した"アレ"だろう。飯田くんと緑谷くんは今まで通りに接してくれているけれど、轟くんは私の言葉が気に食わなかったのかもしれない。事実彼は緑谷くんと共に飯田くんやその場に居合わせたプロヒーローを守ったのだから、それに苦言を呈されては気分が悪くなるのも当然だろう。

彼らと話したことに全く後悔がないと言えば嘘になる。それでも間違ったことは言っていないと思う。だって彼があの場で人を守れたことも、命を落とさずに済んだことも結局は結果論なのだから。とは言えまた彼とそんな話をしたところで更に拗れてしまう気しかしないし、こればかりは時間が解決するのを待つしかないのかもしれない。

私は間違ったことはしていないと自分に言い聞かせながらも、用務員風情が出しゃばり過ぎたかな、と罪悪感のようなものが着いて回った。



「ええっ、肝試し参加できないんですか……!」

その日の夜、食事の後に予定されていた肝試し。補習の子達が不参加となるとA組もB組も人数的に1人余ってしまうため、あわよくば私も参加出来るのではと思っていたのに、そんな希望はあっさり打ち砕かれてしまった。こういうイベント事は大好きなのに残念でならない。

「いい大人が何を言ってるんだ」
「だってほら、緑谷くん一人余ってるし」
「そんなものどうとでもなる。お前は失禁した奴の介抱役だ」
「肝試しで失禁する子なんていないでしょ……」

要は見回り要員ということなのだろう。渋々懐中電灯を受け取り、先に脅かす役を担当するB組と一緒に森の中へと入る。せめてこのイベントの盛り上げに貢献したいと「左側から脅かすと良いらしいよ!」と以前TVでたまたま得た知識を拳藤さんに伝えておいた。やるからには是非とも大量の失禁者を出して欲しいものだ。

ひとまずルートの確認と、B組の子達の配置確認のためにコースをぐるぐると歩き回る。時々B組の生徒達と「それいいね!」「こういうのはどう?」なんて話をしていれば、すぐにA組出発の時間がやってきた。

「あはは、すごい悲鳴」

あちこちから女の子の絶叫が聞こえてくる。今のところ流石に失禁者は出ていないが、皆それなりに怖がっているようだった。B組の子達がアイディアを出し合って本気で取り組んでいたし、そりゃあ怖いはずだ。少なくとも私なら途中で棄権する。皆には申し訳ないが、人の驚く姿は見ていて楽しかった。

そうやって時折木の影からA組の子の驚く様子を見てみたり、コースから外れた子がいないか確認したりしながら森の中を徘徊した。そして爆豪くんと轟くんが中間地点を過ぎたのを確認した後のことだった。

「なんか焦げ臭、……ぁ、」

どこからか漂ってきた匂いに違和感を覚えたその途端、全身の力がガクリと抜けた。吊り糸を切られた操り人形のようにその場に崩れ落ち、あっという間に視界が黒く塗りつぶされていく。

(なに、これ……)

大変な状況にあることは分かるのに、頭が全く働かない。ついには指先がピリピリと痺れ始め、段々意識が遠のいていくのが分かった。あ、死ぬ、そんな言葉がぼんやり頭に浮かぶ。――――と、その時だった。

「ッ!!」

突然呼吸ができなくなって、同時に手元からバサバサと膨大な量の紙が現れた。止まれ、そう思うのに私の意思とは関係なしに紙がどんどん排出される。手を地面から離してみるも止まらない。一体何を紙化して……だめだ、頭がクラクラする。

ドオッ

「かはっ、……ハッ、ハッ」

今度は突風が、それも風向きなどお構い無しで四方八方から吹き込んできた。それと同時に突然呼吸ができるようになり、一気に空気を肺に取り込んだせいかゲホゲホと喉が悲鳴を上げた。

木々がミシミシと音を立て、紙達が一斉に風に煽られ空を舞う。ゴオオオ、と凄まじい風に襲われて、今にも地面から引き剥がれそうだった。吹き荒れる風に紛れる砂や小石がバチバチ身体に当たり、その痛みから少しでも逃れようと必死に顔を伏せて後頭部を両腕で覆う。

(まさか、また敵が……?)

酸素が脳に回ったお陰か少し冷静になった頭でそんなことを考える。どうにか状況を確認しようと、腕の隙間からちらりと様子を伺った。

「……!」

僅かな隙間から見える視線の先で、強風に煽られ大きくしなった枝がバキリと折れるのが見えた。決して小枝とは言えない中々の太さのそれが、折れた勢いのまま真っ直ぐこちらに飛んで来る。ひっ、と引きつった声が喉から漏れて、金縛りにでもあったかのように身体が強ばる。

ぎゅっと目を瞑った次の瞬間、私を襲ったのは覚悟していた衝撃ではなく、荒く抱きとめられる感覚と、鼻をかすめる甘い香り――――爆豪くんのニトロの匂いだった。



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