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どうやら私は爆豪くんに助けられたらしい。彼に抱きかかえられながら、視界の端であの大木が私のいた辺りに激しくぶつかるのが見えた。彼が来てくれなかったら一体どうなっていたのかと思うとゾッとする。

「テメェもっと考えて個性使えや!!」

あの場から幾らか離れたところでようやく爆豪くんは走る足を止め、そのまま荒く地面に落とされた。その拍子に背中を強打する。

「いった!なっ、何の話、」
「自分の個性でやられるなんざどこまでデクと一緒なんだよ!いちいち癪に障ンなテメェは……!」
「自分の個性に……?」
「あ゛ぁ!?気付いてもねェのか!見ろ!!」

そう言って爆豪くんが勢いよく指さした先に慌てて視線をやる。周辺の草木が先程の突風の影響で大きくしなっているのが分かる。それも私のいた場所を中心に、まるで綺麗に円を書くように。縦横無尽に吹き荒れていると思っていたあの風は、どうやら私に向かって吹いていたらしい。

「わ、私風なんて操れないよ!敵の仕業じゃ……」
「違ェわ!あの大量の紙、テメェの個性だろうが。周辺の空気をまとめて紙にしたせいで、真空になったとこに一気に空気が流れ込んだんだよ」
「え、空気は紙化できな、」
「知るか!実際そうなってンだろーが!!」

彼の言っている意味をどうにか理解しようと、必死に頭を働かせる。私にそんな力はないはずだけれど、目の前に広がる光景を見る限り彼の言葉が正しいように思えた。何より、薄れゆく意識の中で大量の紙が現れたのも確かだ。あの時私は何にも触れていなかったのに、だ。あれは周辺の空気に個性を発動していたのかと、ようやくあの現象に合点がいった。突然息ができなくなったのもそのせいだろう。

「待てよ……あんた、無個性じゃなかったのか」

ザッと地面を擦る足音と、動揺を含んだ声。見ればそこには轟くんがいて、その背にはぐったりした様子の円場くんの姿があった。きっとこの3人で森の中をさ迷っていたのだろう。そう状況を把握しつつ、探るような轟くんの視線に狼狽える。

「おいババア、ここで隠し通せるとか甘いこと考えんなよ。腹立つが状況は最悪だ。使えるもんは全部使わねぇと最悪死ぬぞ」
「い、今の状況は?他の生徒は……先生やプロヒーローは?」
「テレパス聞こえなかったのか。敵が少なくとも2人、交戦はせず施設へ戻れって」

轟くんの言葉に、そう言えば先程頭の中で誰かの声が響いていたことを思い出す。きっとあれがマンダレイさんのテレパスだったのだろう。それすらも分からないほど私はギリギリの状態だったのか。

「ほとんど意識飛びかけてたから……そっか、まだ状況は掴みきれてないんだね」

生徒や保護者にすら合宿先は知らされずにいたというのに、それでも襲撃してきたということは相当手強い相手に違いない。思い出すのは体育祭前の敵連合による襲撃。同じ敵かどうかは分からないけれど、あの時よりも大変な状況にあることは理解できる。なにせ前回に比べヒーローの数が圧倒的に少ないのだ。明らかな緊急事態。爆豪くんの言う通り、雄英からの言いつけに拘っている場合ではないだろう。

「……私の個性は手に触れた物を紙にできる。生物以外なら多分なんでも。学校から口止めされて無個性を偽ってた。その、嘘ついててごめ、」
「めんどくせェ話は後だ。個性の制約は?」
「……ない。でも、あんまりコントロールできない。さっきも暴発しちゃったし」
「けっ、雑魚かよ」
「しょうがないじゃん!出来ないもんは出来ないの!」

こんな時に役に立てないだなんて、自分で自分が情けない。相澤さんは私の個性を"脅威になりうる"と言っていたのに、全くその力を活かせそうにない。こんなことなら無駄口を叩かずもっと真剣に訓練に取り組んでいれば良かった。なんて、遅すぎる後悔だけれど。

「とりあえず施設に向かわなきゃだよね」
「テメェもガス吸ったんだろ。歩けるんか」
「うん、吸ったの少しだけだから……」
「このガスも敵の仕業か。他の奴らが心配だが仕方ねぇ。ゴール地点を避けて施設に向かうぞ。ここは中間地点にいたラグドールに任せよう」
「指図してんじゃね……、っ!?」

早速歩き出そうとしたところで、爆豪くんがぴたりと止まった。彼の視線の先を見てみれば、そこには膝を着いた黒ずくめの人がいて――――その足元には誰かのちぎれた腕が転がっていた。

「きれいだ、きれいだよ……ダメだ仕事だ……見とれてた、ああいけない……」

ぼそぼそと聞こえるどこか恍惚とした声色。"アレに関わってはいけない"と本能が叫ぶ。得体の知れない恐ろしさに、戦慄が体を突き抜ける。逃げなきゃ、そう思うのに足が根を張ったように動かない。いや、仮にすぐに動けていたとしても意味はなかったかもしれない。

「仕事しなきゃ」

相手もしっかりこちらの存在に気付いていた。ゆっくり振り向いたその顔は黒に覆われていて、唯一露出した口元はベルトのような器具によって歯茎まで剥き出しになっている。あまりにもおぞましいその面貌に、すぐ目の前に死が迫っているような感覚に陥る。それはまるで崖の淵に立たされたような緊迫感だった。

「交戦すんなだぁ……!?」

そう言った爆豪くんの声は少し強ばっていた。それは酷く苛ついているようにも、この状況に動揺しているようにも聞こえた。この敵が簡単に逃してくれるとは思えない。轟くんは円場くんを背負っているし、足でまといの私までいるのだから分が悪すぎる。ごくり、固唾を飲んで震える足を一歩前に踏み出す。

「わ、私が囮になるから……その間に2人は逃げて」
「はぁ!?一番弱ぇ奴が何言ってやがる!」
「だからだよ、私が一緒にいたら皆まで危ない」
「足が震えてるぞ。無茶するなって言ったのはあんただろ」

戦うどころか、囮として時間稼ぎができる自信も全くない。それでも数秒足止めできれば、この2人なら一気に前に進めるはずだ。無茶どころか、単なる自殺行為に近いことは自分でもよく分かっている。

「それは皆が未来ある子どもだからだよ。どれだけ無謀でも、大人が子どもを守るのは当然でしょ……!」

年齢だけじゃない。将来有望のヒーローの卵と、ただの用務員風情の私。この世界に産まれ育ったこの子達と、突然ここに飛ばされただけの私。――――どちらが生き残るべきかなんて、きっと考えるまでもない。

――――肉、見せて」
「っ、早く!行って!!」

私が叫ぶやいなや、敵の剥き出しの口内から物凄い速さで刃のようなものが伸びて来た。どうにか個性を発動させようと咄嗟に両手を前に突き出す。もし失敗したら手が串刺しになってしまう、そんな考えが一瞬頭を過ぎるけれど、怖気付いている暇も余裕もなかった。

「……っ、!?」

だけど私のそんな決死の行動は、虚しくも全く意味をなさなかった。刃がパキッと音を立てて二手に分岐したのだ。――――駄目だ、殺られる。

バキィッ

本日二度目となる死の覚悟をしたその直後、目の前に氷塊が現れ刃がそこに突き刺さった。助かった、そう理解した途端、ハッと短い息が漏れた。バクバクとうるさい程に自分の心臓の音が聞こえる。

「……無茶すんなとか怪我が怖えとか、どんだけ脳内お花畑なんだと思ってたが……そういう訳でもねぇんだな。ただ悲観的すぎんだろ、諦めるのはまだ早ぇ」
「勝手に負け確定させてんなよクソが!俺の前で弱腰なってんじゃねェ……!全員無傷で帰ンぞ!」

そう言った2人の表情は自信に溢れていた。途端、生きて帰れるかもという希望が湧いてくる。そうだ、諦めるのはまだ早い。こちらの世界に来てから何度も聞いてきた言葉が頭に浮かぶ。――――"Plus ultra"

マンダレイさんのテレパスによって戦闘許可が伝えられたのは、その直後のことだった。



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