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絶望の淵に立たされていた私たちだったけれど、そんな状況はあまりにも呆気なく終わりを迎えた。暴走した常闇くんの黒影がさくっとあの敵を往なしてしまったのだ。それには爆豪くんも轟くんも呆然としていた。「さくっと」と言うには黒影の力はあまりに巨大過ぎたけれど。だって一瞬にして大量の木々をなぎ倒してしまったのだから。

それから常闇くん、障子くん、緑谷くんと合流した私たちは、最短距離で施設に向かうことになった。戦闘許可と共に伝えられた敵の目的のひとつ"かっちゃん"を守りながら。「俺を守るんじゃねぇ!クソ共!」と本人はご立腹だったけれど。

「まぁまぁ、狙われてるんだからしょうがないでしょ、かっちゃん」
「テメェいい度胸してんなぁ……!」

なんて、そんな冗談を言えるくらいにはすっかり安心しきっていた。こうして着々と集まれていること、まだ一部とは言え生徒の無事(緑谷くんを無事と言っていいかは分からないけれど)を確認できたこと、それらが安心に繋がったのだ。きっと「このメンツならオールマイトだって怖くない」と言った緑谷くんのおかげでもある。

――――だから、たぶん、この時の私はすっかり油断してしまっていたのだと思う。

「なんでも紙にしちまうのは厄介だよなぁ」

そんな言葉が耳元で聞こえて、振り返る間もなく首の後ろに衝撃が走る。そこでふっと私の意識は途絶えたのだった。



ぼんやり意識が浮上して、うっすら目を開けると薄暗い景色の中に古びた床が見えた。――――さっきまで外にいたはずなのに。それに気付いた途端、ぼうっとしていた頭がぱちりと目覚める。

「……っ、いった」
「お、起きたか。オネーサン」

はっとして頭を持ち上げようとすると、ズキリと首に痛みが走った。動かない身体、頭上でガチャリと響く鉄の音、どうやら個性を使えないように拘束されているらしい。

ここは一体どこだ。見た感じ小さなBarのような内装だが、きっと彼らのアジトなのだろう。首の痛みを無視して声のした方を見据える。

「敵、連合……」

目の前にあるカウンター席に、顔を手の装飾で覆った男が座っていた。彼には見覚えがある。というか強烈なまでに記憶に刻まれているせいで、忘れたくとも忘れられない。USJ襲撃時に敵を率いていた男――――死柄木弔。周りにいる人達に見覚えはないけれど、きっと彼らも敵連合のメンバーなのだろう。狙いは爆豪くんだと聞いていたのに、まさか自分が捕まることになるとは思わなかった。

「お前、名前は?リストに名前がなかった。雄英の生徒じゃないな」
「言うなよババア、余計な情報与えんな」
「! なっ、なんで爆豪くんまでここに!?」

隣から聞こえてきた声により、ようやく爆豪くんの存在に気付いた。慌てて横を向いたせいで、ただでさえ痛む首にビキッと激痛が走る。まさか他の生徒達も捕まって……と思ったが、少なくともこの部屋にいるのは私と爆豪くんの2人だけのようだった。

「うっせェ、テメェと一緒に連れて来られたんだよ」
「おいおい勝手に話を始めんなよ。こっちの質問に答えるのが先だろ」
「い、言いません」
「……まぁいい、どうせすぐに分かる。さて、役者も揃ったことだし早速だが――――

そう言って死柄木はあろうことか私たちに「俺の仲間にならないか」と話を切り出した。雄英側の人間が素直に頷くはずもないのに、一体何を考えているのか。荒唐無稽な話にこちらが呆気にとられてしまう。「寝言は寝て死ね」と暴言を吐く爆豪くんにハラハラしつつ、なんとか彼を窘める。相手は得体の知れない敵集団なのだから、無闇に刺激するような真似はやめて欲しかった。

「何が目的ですか」
「目的も何もただのスカウトだよ、スカウト。まぁ、正直お前は個性さえもらえりゃ良かったんだけどな。いい個性だよなぁ、空気まで紙にできちまうんだから」
――――個性を、もらう?」

死柄木の言葉に、あの森での個性の暴発を見られていたのかと察する。結構な広範囲で暴風が吹き荒れていたようだから悪目立ちしてしまったのだろう。それにしても嫌な相手に知られてしまったものだ。

「その個性はどこまで有効なんだ?空気だけ?じゃねぇよなぁ。紙にしたやつは戻せるのか?」
「教えるわけないでしょ」
「つれねぇなぁ」

人の手を模した装飾の下で、死柄木は実に愉快そうに笑みを浮かべた。ニタリ、そんな擬音が似合う表情が不気味でたまらない。

「つーか、お前のは個性じゃないんだろ」
「っ、」

彼の言葉に不意にみぞおちを突かれたような気になった。「は?」と爆豪くんが漏らした声が私の鼓膜を揺らし、おかげでさらに焦りが募っていく。

「何のはなし、」
「先生がお前のは個性と違う能力だって。奪えなかったんだとさ。良いなァ、欲しいな、それ」

死柄木が椅子から立ち上がりこちらに近付くと、首元に彼の手が添えられて、そのままぐっと締め付けられた。同時に私の喉から「う゛、」とくぐもった声が漏れる。確かこの男の個性は崩壊のはずだけれど、それが発動しないということはいずれかの指は触れていないのだろう。"いつでもお前を殺せる"そんな無言の圧力に、ぞわぞわと冷たいものが背中を這った。「それにさぁ、」顔を覆う指の隙間から見えた双眼と目が合って、恐怖がさらに私を攻め立てる。

「お前の顔、虫酸が走るんだよなぁ。この世に不幸なんかないって顔して、臭いものに蓋をする傍観者。よく似てるよ、俺を見て見ぬふりした大勢の善良な市民に」
「か、はっ、」
「トクベツな身体で良かったな。本当なら殺してるとこだがその能力は欲しい。脳無にして飼ってやるよ」

死柄木は私の首元からぱっと手を離すと「本題は爆豪くんの方だ」と、隣に視線をやった。

「あぁ……まずは面白いもの見せてやるよ」

彼がそう言ったのちに、この部屋に備えられたテレビの電源が入れられる。そこに映し出されたのは、こちらに向かって頭を下げる根津校長、相澤さん、そしてB組の担任の管さんの3人だった。

死の淵に立たされた中で垣間見た彼らの姿に、見慣れないスーツ姿の相澤さんに、安堵と不安が同時に押し寄せる。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。何故彼らが責められているのだろう。私たちはこれからどうなってしまうのか。

暴力的なまでに理不尽なこの状況に、いっそ泣き喚いてしまいたかった。



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