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当然のことながら爆豪くんも敵の誘いに乗ることはなかった。それどころか敵を挑発する始末だ。死柄木の提案により彼の拘束が解かれたのは良かったものの、早速爆破をお見舞して好戦的な姿勢を崩さないものだから見ているこちらがハラハラした。なんだって爆豪くんはそんなに喧嘩腰なんだ。こんな時くらい大人しくしてくれればいいのに。

「2人ともまた眠らせてしまっておけ」
「ここまで人の話聞かねーとは……逆に感心するぜ」

シルクハットの人の声に、私をここに連れ去ったのが彼であるとようやく理解する。"なんでも紙にしちまうのは厄介だよなぁ"気絶する前に聞こえた声が、彼のものと同じだったのだ。

「聞いて欲しけりゃ土下座して死ね!」

爆豪くんは相変わらず攻撃的である。私の命も掛かっているのだからもう少し考えて行動して欲しいものだ。いや、なんだかんだ賢い彼の事だから何か策があるのかもしれない。――――単にそういう性格なだけのような気もするが。

コンコン

一層緊張感の高まったこの部屋に、突然ノックの音が響く。もしかして彼らの仲間?このままどこかへ連れて行かれる?嫌な予感ばかりが渦巻いて、どくりと心臓が嫌な音を立てる。だけどそんな予想に反して扉の向こうから聞こえて来たのは「どーもォ、ピザーラ神野店ですー」というこの場にそぐわない実に間の抜けた声だった。

(……っ、この声もしかして、)

直後、扉は開かれることなく壁もろとも物凄い音を立てて崩壊した。そこから現れた人の姿に、目もくらむような安堵感が一気に押し寄せる。それと同時に今まで堪えていた涙が堰を切ったようにぶわりと溢れ出た。おかげで彼の後から続々と現れたヒーロー達の姿が涙で滲んで見えなかった。

「もう逃げられんぞ、敵連合……何故って!?――――我々が来た!」
「や、っ……オールマイト!!」

八木さん、そう叫びそうになったところを慌てて言い直す。彼は私の側まで来ると「怖かったろう……もう大丈夫だ」そう言って拘束具を力任せに破壊する。同じ様な言葉を掛けられた爆豪くんは「怖くねえよヨユーだクソッ!」と言い返していた。その声はどこか強ばっているように聞こえたけれど、この状況でなんとも強心臓な子である。こっちはボロボロ流れる涙を止めることすらできないというのに。

あっという間に敵達は制圧され、ヒーロー側の勝利が早くも確定したかのように思えた。それを受け入れきれないのか、死柄木が狂ったようにぶつぶつと独り言を漏らす。そこに畳み掛けるように、八木さんが険しい顔つきで叫ぶ。

「奴は今どこにいる!死柄木!!」
「お前が!!嫌いだ!!」

会話の成り立たぬ2人のやりとり。だけど緊迫感で肌がビリビリと悲鳴を上げた。こんなにも分かりやすく憤怒に燃える八木さんを見るのはこれで二度目だ。一度目はUSJ襲撃時、その時も死柄木に対しての怒りだった。それは傍で見ているだけの私でさえ身体が硬直するほどの恐ろしさがあった。そんな彼の気迫に一瞬息が詰まったその直後、突然胸の辺りから嘔吐感がせり上がってくる。

「うぐ、……ぶはッ」

喉を攻め立てる"何か"が勢いよく口から飛び出す。まるでヘドロのような、異臭を放つ謎の液体。一体私の身体に何が起こっているのか訳も分からぬまま、瞬く間にその液体に全身を包まれ視界が黒く塗りつぶされて行く。

"たすけて"

叫ぶことも叶わず、代わりに精一杯伸ばした腕の先で、八木さんもこちらに必死の形相で手を伸ばしているのが見えた。だけど結局彼の指先に触れることすら出来ず、私はそのヘドロに包まれ真っ暗闇に放り込まれてしまったのだった。



「ゲッホ!!くっせぇぇ……」

気付けば私は元いたはずのBarとは違う場所にいた。一番に聞こえてきた爆豪くんの声に、飛ばされたのは私だけではない事が分かる。最悪なことに敵達も一緒である。

「ゲホッ、……ぉえッ、」

鼻をつく悪臭に吐き気が止まらない。逃げなきゃ、そう思うのに身体に全く力が入らなかった。手足はブルブル震えるばかりで立つことすら叶わないのだ。なんとか顔を上げれば、目の前には不気味な黒マスクの男が立っていた。

「悪いね、爆豪くん。そちらの女性も」
「あぁ!?」

声を荒らげる爆豪くんとは反対に、私は喉が張り付いて短い呼吸を繰り返すことしか出来なかった。怖い、そんな言葉ではあまりにも陳腐だ。

「また失敗したね、弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい」

彼の口調はとても柔らかいのに、何故こんなにも恐怖心が拭えないのか。まるで蛇に睨まれる蛙にでもなったみたいだ。死が目前に迫っているのを本能が感じ取っている。――――だけどそんな底知れぬ絶望の中でも、救いの手は差し伸べられるものらしい。

「全て返してもらうぞ!オール・フォー・ワン!」



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