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不思議な夢を見ていた。

"夢"と言うより、記憶の海を沈んでいく一種の追体験のようなもの。時系列などおかまいなしに、あらゆる記憶の場面場面がゆるやかに私の横を通り過ぎて行く。

中学時代の通学路、社会人一年目でぶち当たったパワハラはげ上司の横顔、たまたま見かけたデート中の初恋相手、お母さんと大喧嘩した日の無言の夕食、コーヒーを零した過去問集――――この世界に来る直前にしていた飲み会。

思わずその映像に腕を伸ばせば、当時の情報が頭に流れ込んできた。まずアルコールの飲みすぎで若干肌寒かったあの感覚が蘇る。それからちょっと胃のあたりが気持ち悪い。流れてくる映像は、相当酔っているせいか手ぶれの酷い動画のようになっている。

そうだ、2軒目の店を出た後に友達の家に行ったんだっけ。その辺りから既に記憶が曖昧だ。「泊まっていー?あ、歯ブラシない」「買いなよ、コンビニ行こコンビニ」ああ、確かそんな会話したような。場面が友人の家に切り替わる。「これなんか見たことある」「あーそれ、実家から弟のパクってきた」「え、読んでいい?」「今読んだら絶対汚すじゃん。また今度ね」

読んでいい?なんて言いながら手元も視界もぶれぶれで何を手に取ったかすら分からない。完全に酔っ払いの痴態じゃないか。

「ケチ。もう読んだ?面白い?」
「結構面白いよ」
「へぇどんな話?」
「えー、なんか…って超能力が…界で……目指す…」
「フーン……」
「え、反応う…。あっちょっ……で寝な…よ」

突然音が途切れ途切れになって、電源の落ちたテレビのようにぷつりと視界も真っ暗になった。その直前に一瞬見えたのは、八木さんと緑谷くん――――だったような。



虎さんが助けに来てくれたあと、私は彼の腕の中でいつの間にか眠ってしまったらしい。目が覚めると見知らぬ天井が視界に入り、辺りを見回してここが病院であることに気が付いた。それからすぐに始まった事情聴取。

「先に雄英の先生と話をさせて下さい」
「敵襲撃の後処理で雄英は今大忙しだ。先生達も手が離せない」
「じゃあ先生と話ができるまで待ってください」

困り顔で頭を搔く塚内さんに申し訳ない気持ちになりながらも、私は頑なに聞き取り調査を拒否していた。厳密に言うと敵の情報は伝えたけれど「何故狙われたのか心当たりはあるか」「どうやってあの場を抜け出したのか」といった質問に口を閉ざしたのだ。雄英が私の情報をどれだけ警察に共有しているか分からなかったからだ。私の身は雄英の管理下にあるため、先にそちらの判断を仰ぎたかった。

「救出時に君が手にしていたものだ」そう言って渡された一枚の紙に視線を落とし、やっぱり先に警察に話す訳には行かないと意を固める。筋として、というよりもはや感情論的な話に近かった。粘りに粘ってようやく雄英の人に会えたのはそれから半日後、夕方に差し迫ろうとしている時だった。

「っ、八木さん!もう起きて大丈夫なんですか!?」
「うん、心配かけてすまないね」

塚内さんに連れられて向かった先には、至る所に包帯を巻かれたボロボロの姿の八木さんがいた。軽く手招きされて、ベッド脇に備えられた丸椅子に促され、そっとそこに腰を落とす。

やはり学校の方は皆てんてこ舞いで手が回らないとのことで、同じ病院に運ばれた八木さんに白羽の矢が立ったらしい。ちなみにスマホには先生達からいくつもメッセージが届いていたが、目を覚ましたことを伝えた後は「良かった」「ゆっくり休んで」とぽつりぽつり返事が来たのちにぱったり連絡が途切れた。きっと学校の方は相当慌ただしいことになっているのだろう。

おかげでこんな重傷者の手を煩わせてしまうことには気が咎めたが、正直なところありがたい気持ちの方が勝ってしまった。だってこんなにも早く彼と面会できたのだから。

「君も軽い怪我じゃないんだろ。肋骨にひびが入ってるって聞いたぞ」
「そんなの八木さんに比べたら……」
「これくらいどうってことないさ」

早速話を始めたところで、塚内さんが「話が終わったら連絡ください」と言葉を挟んだ。彼に向かって軽く手を挙げる八木さんの横で「無理を言ってすみませんでした」と慌てて頭を下げる。「君も大変だったろうから」そう優しい笑みを浮かべたのち、塚内さんは静かに病室を出た。

「それで、どうした?何かあったのか」
「……どこから話せば良いか分からないくらいには」

まずは重要度的に"コレ"だろうと、手に持っていた紙を八木さんに差し出した。「……これは?」雑な形で2つ折りにされている上、握り締め過ぎたせいで皺の寄ったその紙を、八木さんが丁寧な手つきで開く。

「脳無です」

八木さんはぴくりと肩を揺らしたのち、何事も無かったような声色で「そうか」と小さく呟いた。私の個性の詳細については彼も把握しているはずなのに、敢えて何でもない風を装ってくれたのは私に気を遣ってくれたのだろう。

「神野の現場から逃げたあと、脳無と遭遇して気付いたら……。それと林間合宿中、敵の襲撃時に個性を暴発させてしまって――――辺り一帯の空気を紙化させてしまったんです。どうやらそれを見て私を攫ったみたいで」
「ラグドールが攫われたのと同じ理由か。常闇少年も個性の暴走を見られて狙われたようだし」
「えっ、常闇くんは、」
「無事だよ。攫われる前に生徒が奪還した」

八木さんの言葉にほっと安堵の息をつく。ラグドールさんが攫われて個性を奪われた上に、現在意識不明の重体だという話は既に塚内さんから聞いていた。多分、敵達の中では私もそうなる予定だったのだろう。それでなくとも、多くの生徒たちと同じように重体となっていてもおかしくはなかった。ガスには意識が飛びかけたし、常闇くんの個性の暴走がなければあの敵にやられていたし。私が肋骨のひび程度で済んでいるのはただ運が良かっただけだ。

「君も個性を狙われて……だけど君のは、」
「奪えなかったそうです。だから敵は爆豪くんと一緒に私を仲間に引き入れようと……それで、その、個性とは違う能力だってこともバレていて……」
「大変な状況だったんだな。無事で本当に良かった」
「でも、空気とか生き物とか……私、紙化できないはずなのに、なんで、」

その時の映像が鮮明に蘇ってきて、突然恐怖心が顔を覗かせた。ひゅ、喉の奥で不自然な空気の音がする。ゆっくり呼吸をしようと努めるものの、喉がきゅっと締まって酷く息がしづらかった。吸って、吐いて、と意識しないと呼吸が出来なくなりそうなほどに。

そっと八木さんの大きな手が背中に添えられて、それからゆっくりさすられた。「落ち着いて」「私に呼吸を合わせて」息苦しさの中、彼の心地よい低音と優しい手つきに、背中からじわじわと身体が暖められていくのを感じた。

「……すみません、もう大丈夫です」

すぐに呼吸は落ちついたけれど、彼の手は私の背にぴたりと添えられたままだった。それが恥ずかしくもあり、同時にありがたくもあった。

「君の能力だけど、元々その力はあったと考えるのが自然だろうね。これまで空気を紙化できなかったのは目に見えないから単にイメージできなかっただけ。生き物については、おそらく心理的なストッパーがかかっていた」
「なんで私が、こんな……いらないです、消えてくれればいいのに」
「……身に余る力をもつと勘違いする輩もいるが、君はそうじゃない。私はね、この能力を授かったのが心優しい君で良かったと思ってるよ」

そう言って再び優しく撫でられる背中。その温かさに思わずぽろりと涙がこぼれ落ちる。慌ててそれを拭うと、八木さんが「塚内くんは信用できる人だから全て話しても大丈夫」と言った。なんでも今回の件で八木さんの正体が世間に公表される以前から、その秘密を知っていた数少ない内の一人だったそうだ。「良かったら3人で話そう」彼の提案に甘えて事情聴取には八木さんにも同席してもらうことになった。

その日、結局私はあの夢の話をできないままに終わった。



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